artscapeレビュー
渡辺兼人 写真展「墨は色」
2021年09月01日号
会期:2021/07/19~2021/07/31
巷房・2[東京都]
記憶している限り、これまで渡辺兼人がカラー作品を発表したことはないはずだ。街歩きのあいだに見出した被写体を、画面上に厳密に配置し、ぎりぎりまでシャープに、しかも濃密かつ豊かなグラデーションで描き切った、ハードエッジな黒白写真こそが渡辺の真骨頂であり、それらを見るたびにいつでも「写真表現の極北」という言葉を思い浮かべていた。その渡辺がカラー作品を発表するということで、期待と不安が交錯するような気持ちで会場に足を運んだ。
そこに出品されていた20点の8×10インチ判のプリントは、「渡辺兼人のカラー写真」そのものだった。被写体も、それらを矩形の画面におさめる手つきも、黒白写真の作品とほぼ変わりはない。いうまでもなく、大きな違いは色がついているかいないかだが、それもあまり気にならない。網膜を刺激するような、原色に近い色味の被写体を注意深く避けているためだろう。
それだけでなく、渡辺は今回のシリーズで、明らかにある意図をもって写真を選んでいる。20点のうち、かなり多くの作品に「雨に濡れたアスファルトの地面」が写っているのだ。その墨のように黒々とした色面に目が引き寄せられる。水に濡れた箇所や水たまりは光を反射し、そのぬめりのある触感が強調されている。むろん、モノクロームでも「雨に濡れたアスファルトの地面」を描写することはできるが、カラー写真のように、風景から生起してくる、官能的とさえいえるような空気感を捉えるのは無理だろう。渡辺はそのことに気がつき、まさに「墨は色」であることの写真的な表明をもくろんで、このシリーズに取り組んだのではないだろうか。
2021/07/29(木)(飯沢耕太郎)