artscapeレビュー
村石保『昭和、記憶の端っこで──本橋成一の写真を読む』
2022年07月15日号
発行所:かもがわ出版
発行日:2022/06/30
本書を一読してちょっと驚いたことがある。掲載されている50点の写真、そのほとんどに見覚えがなかったのだ。本橋成一はいうまでもなく日本を代表するドキュメンタリー写真家の一人で、大きな展覧会を何度も開催している。『炭鉱〈ヤマ〉』(現代書館、1968)以来の彼の写真集にも、ほぼ目を通しているはずだ。にもかかわらず、編集者の村井保が一枚一枚の写真にエッセイを寄せたこの写真文集の掲載作は、初めて見るもののように感じられた。逆にいえば、いわゆる代表作として喧伝されている写真に頼って、本橋のような厚みと多面性を兼ね備えた写真家について論じることが、いかに危ういものであるかを思い知らされた。本橋の写真の世界は、細部に踏み込めば踏み込むほど、その輝きが増すものなのではないだろうか。
本書は、「信州産! 産直泥つきマガジン」として刊行されている『たぁくらたぁ』(オフィスエム)に、2008年から連載されたコラムの写真とテキストを中心にまとめたものだが、他の媒体の掲載作や書き下ろしも含んでいる。村井の文章は、本橋の写真に寄り添いながらも、独自の角度からその世界を読み解いており、そこに写っている光景をむしろ現代の問題意識に引き付けて浮かび上がらせるものだ。日の丸、チェルノブイリ、真木共働学舎、サーカスなど、共通するテーマの写真を並置したパートもあり、総体として、いまや背景に退きつつある「昭和」の時期に培われた世界観、現実認識を、より若い世代にあまり押し付けがましくなく伝えようとしているのがわかる。巻末の著者略歴を見て気づいたのだが、村石保は2022年4月27日に亡くなっていた。この本が遺作というわけで、そう考えると、本橋の写真に託した彼のラスト・メッセージが、より身に染みて伝わってきた。
2022/06/20(月)(飯沢耕太郎)