artscapeレビュー
村田真のレビュー/プレビュー
project N 48 佐藤翠
会期:2012/01/14~2012/03/25
東京オペラシティアートギャラリー[東京都]
難波田史男とオペラシティのコレクションを見た後でここにたどりつくと、20世紀と21世紀の日本の絵画がどれほど変わったかを実感できる。クローゼットやシューズラックは以前からのモチーフだが、とくにシューズラックの正面から見た構図と靴の配置、藤色を主体とした絶妙な色彩、地と図のせめぎ合いなどはすばらしいというほかない。もっと驚いたのは、木枠に張らない綿布に装飾的な抽象パターンを描いた作品。これはなにかと思ったらカーペットではないか。織物のカーペットを綿布に描くという自己言及的な行為もさることながら(これは具象か抽象か)、複雑に入り組んだペルシャ絨毯の文様を薄く溶いた絵具でホイホイこなしていく(という形容もなんだが)度胸とセンスには舌を巻く。木枠に張ってないのはこれが「カーペット」だからだが、なかでも1辺2メートルを超す正方形の作品はパリ滞在中につくったものなので、運搬しやすいように綿布のままにしたらしい。だとすればこの絵は、絵画の内容と形式と制作の条件がすべて一致したところで成り立っていることになる。史男くんには悪いが、もうこれだけで見に来た甲斐があったというものだ。
2012/02/19(日)(村田真)
難波田史男の15年
会期:2012/01/14~2012/03/25
東京オペラシティアートギャラリー[東京都]
難波田史男は1974年に32歳の若さで夭逝した画家。同展には10代の終わりから晩年まで約240点が展示されている。ざっと見て気がつくのは、最初期を除いてスタイルがほとんど変わらなかったこと。もちろんわずかながら変化は見られるものの、基本的に紙にインクと水彩でクレーのできそこないみたいな半抽象画を10年以上描き続けた。それがわからない。20代という多感でエネルギッシュな年代に、延々と紙に似たり寄ったりの絵をチョロチョロと描き続ける意図が理解できない。端的にいえば、なぜキャンヴァスに油絵を描かなかったのかということだ。別に油絵のほうがエライとはいわないが、少なくとも吹けば飛ぶようなペラペラの紙より恒久性があり、確固とした存在感があるのはたしかだろう。紙しか選択肢がなかったなら話は別だが、家庭的にもごく身近に油彩の画材はあったはず。あ、だからなのか。ごく身近に超えられない油彩画家がいたから、自分は同じ道を回避してあえて脆弱な素材にこだわったのか。だとしたら相当の屈折と葛藤があったに違いない。階上のコレクション展をのぞくと、ここにも史男の絵が3点かけられているのだが、その横にはオヤジ龍起の硬質なマチエールの抽象画も並んでいる。両者を見比べてみると、物質的にも構造的にも強度の違いは明らかだ。
2012/02/19(日)(村田真)
石子順造的世界──美術発・マンガ経由・キッチュ行
会期:2011/12/10~2012/02/26
府中市美術館[東京都]
60~70年代に美術だけでなく漫画やキッチュといったサブカルチャー批評にも手を広げ、オタクやネオポップの蔓延した近年、再び注目を集めている石子順造(1928-77)にスポットを当てた展覧会。会場は「美術」「マンガ」「キッチュ」の3つに分かれ、まず「美術」は、池田龍雄、赤瀬川原平、横尾忠則ら石子が評価した作家の作品と、1968年に中原佑介とともに企画に加わった「トリックス・アンド・ヴィジョン展」の再現から成り立っている。とくに「トリックス・アンド・ヴィジョン展」はいまや伝説的な展覧会といわれ、意外な作家の意外な作品も出ていて、よく集めたもんだと感心する。次の「マンガ」は一室全体がつげ義春の「ねじ式」の原画展示にあてがわれ、隣室で当時のほかの劇画も紹介してはいるものの、漫画といえばあたかも「ねじ式」が代表といわんばかりの扱いだ。つげ義春や「ねじ式」を知らない者はなにごとかと思うだろう。ちなみに「トリックス・アンド・ヴィジョン」も「ねじ式」も1968年の事象。最後の「キッチュ」は、銭湯のペンキ絵やエナメル板の広告、造花や花輪、モナリザや1万円札の模造品、食品サンプル、大漁旗といったポップな品々を集めていて、時代を超えて楽しめるのはここだろう。サブタイトルには「美術発・マンガ経由・キッチュ行」とあり、美術はキッチュという最終到達地に行きつくための出発点にすぎないとも読めるが、それもいまとなっては納得できる。
2012/02/19(日)(村田真)
アーツ・チャレンジ2012
会期:2012/02/14~2012/02/26
愛知芸術文化センター[愛知県]
愛知芸術文化センターの通路やフォーラム、展望回廊など、美術館やギャラリーではない余剰空間を使った展示の公募展(私も審査を務めました)。場所が場所だけに絵画のようなあらかじめ完成された平面作品は少なく、空間全体を作品化するようなインスタレーションが大半を占めた。入選者は10人で、身近な人々の姿を描いて切り抜き、展望回廊のガラス窓に貼った黒木南々子、みずからニュースキャスターに扮して名古屋市民にインタビューし、「TNKニュース」としてフォーラムで流したタニシK、数十万本の安全ピンをつなげて富士山のように積み上げた土田泰子、狭い通路の壁に唯一絵画作品を展示した青木恵美子らの作品が印象に残った。なんだ女性ばかりだ。
2012/02/18(土)(村田真)
ベン・シャーン──クロスメディア・アーティスト
会期:2012/02/11~2012/03/25
名古屋市美術館[愛知県]
神奈川近美で立ち上がった巡回展だが、葉山は遠いからパスして、たまたま名古屋に来たついでに見た。まあその程度の関心しかなかったベン・シャーンだが、見てみてあらためて気づくことも多かった。まず、展示室が暗かったこと。そもそも描かれているモチーフも人権問題や冤罪事件などけっして明るい話題ではないのに、出品作品の大半が写真やポスターも含めて紙素材なので、作品保護のため照度を落とさなければならないのだ。そこで思うのは、なぜ彼はキャンヴァスに油絵で描かず、紙という脆弱な素材を用いたのかということ。ポスターや印刷用の絵ならまだしも、独立した絵でも紙にインクや水彩(テンペラやグワッシュ)で描いている理由がよくわからない。もともと石版画工から出発したからだろうか、それとも油絵はブルジョワ的と見る左翼思想によるものだろうか。いずれにせよ紙にインクや水彩という素材・技法が、結果的に彼特有の表現スタイルを確立させたことは間違いない。その一見つたないギザギザの線描や、写真を参考にしながらもわざと歪めたフォルム、あえて塗り跡を残してニュアンスを強調した彩色などには強い既視感を覚える。これは粟津潔、山藤章二をはじめ日本の数多くのイラストレーターや漫画家に見られる特徴ではないか。ベン・シャーンは思った以上に日本のグラフィック界やサブカルチャーに影響を与えていたのかもしれない。などと考えつつ最後の展示室に足を踏み入れてアッと思った。第5福竜丸の被爆事件を描いた「ラッキードラゴン」シリーズが展示されているのだ。その代表作《ラッキードラゴン》が福島県立美術館所蔵であることを知って、初めてこの展覧会の意義が解けた気分になった。同展は時期的にいえば東日本大震災以前に企画されたものだろうけど、いまや福島に巡回させることが目的となっているのではないか。ところが、その後の報道で知ったのだが、なんとアメリカの所蔵美術館7館が福島には作品を貸し出さないことを決めたというのだ(福島での展覧会自体は中止にならず、国内の所蔵品だけで開催)。これはどう考えたらいいのだろう。
2012/02/18(土)(村田真)