artscapeレビュー
ベン・シャーン──クロスメディア・アーティスト
2012年03月15日号
会期:2012/02/11~2012/03/25
名古屋市美術館[愛知県]
神奈川近美で立ち上がった巡回展だが、葉山は遠いからパスして、たまたま名古屋に来たついでに見た。まあその程度の関心しかなかったベン・シャーンだが、見てみてあらためて気づくことも多かった。まず、展示室が暗かったこと。そもそも描かれているモチーフも人権問題や冤罪事件などけっして明るい話題ではないのに、出品作品の大半が写真やポスターも含めて紙素材なので、作品保護のため照度を落とさなければならないのだ。そこで思うのは、なぜ彼はキャンヴァスに油絵で描かず、紙という脆弱な素材を用いたのかということ。ポスターや印刷用の絵ならまだしも、独立した絵でも紙にインクや水彩(テンペラやグワッシュ)で描いている理由がよくわからない。もともと石版画工から出発したからだろうか、それとも油絵はブルジョワ的と見る左翼思想によるものだろうか。いずれにせよ紙にインクや水彩という素材・技法が、結果的に彼特有の表現スタイルを確立させたことは間違いない。その一見つたないギザギザの線描や、写真を参考にしながらもわざと歪めたフォルム、あえて塗り跡を残してニュアンスを強調した彩色などには強い既視感を覚える。これは粟津潔、山藤章二をはじめ日本の数多くのイラストレーターや漫画家に見られる特徴ではないか。ベン・シャーンは思った以上に日本のグラフィック界やサブカルチャーに影響を与えていたのかもしれない。などと考えつつ最後の展示室に足を踏み入れてアッと思った。第5福竜丸の被爆事件を描いた「ラッキードラゴン」シリーズが展示されているのだ。その代表作《ラッキードラゴン》が福島県立美術館所蔵であることを知って、初めてこの展覧会の意義が解けた気分になった。同展は時期的にいえば東日本大震災以前に企画されたものだろうけど、いまや福島に巡回させることが目的となっているのではないか。ところが、その後の報道で知ったのだが、なんとアメリカの所蔵美術館7館が福島には作品を貸し出さないことを決めたというのだ(福島での展覧会自体は中止にならず、国内の所蔵品だけで開催)。これはどう考えたらいいのだろう。
2012/02/18(土)(村田真)