artscapeレビュー
木村覚のレビュー/プレビュー
青年団『革命日記』
会期:2010/05/02~2010/05/16
こまばアゴラ劇場[東京都]
革命の理念が現実的な人間関係の交錯に揺さぶられる。アジトのマンションに集合した活動家たち。近々実行予定のテロ計画を確認する最中に、近所の主婦たちや事情をよく知らない協力者などが現われ、会議はなかなか思うように進まない。グループ間の人間(男女)関係もいさかいの種となる。こらえきれず若い女は絶叫し激怒した。そのハイライトの最中、なによりも驚かされたのは女が観客に背中を向けていたことだ。絶叫とともにみるみる赤くなる首や顔の輪郭あたりの白い肌。しかし、どんな表情をしているのかは観客に見えない。いや、正座した後ろ向きの姿全体がこの瞬間、女の顔になっていた、というべきなのかもしれない。目鼻立ちははっきりとしていないのだけれどただ行き場のない怒りだけは充満している顔としての背中。ただし、こうした大きな爆発のみならず、そこここで頻繁に起こる小さな軋轢も見所だった。いまさらいうまでもないことだろうけれど、平田オリザの力を見る者が感じるのは、なによりも人間関係の微細なバランスの変化を堪能しているときだろう。15人の役者が演じる役柄はそれぞれ社会的な役割を反映しており(活動家たちのほかに教員、商社マンなども登場する)、その諸々の対話の連なりは、不断に、各役割が接触した場合どんな出来事が起こりうるのかを丁寧に示し続けてゆく。複数の役割が一人の内で重なり合ってもいる(母で妻で活動家の女など)。そうした諸関係が、ぎくしゃくしたり、もつれたり、飛び火したり、停滞したり……。小さな空間で起こる接触の出来事たち、それらが不意に社会全体を表わしているようにも見えてくる。劇場を後にしてもなおその余韻は残り、しばらくバランスの変化するあれこれの瞬間を思い出し、反芻してしまった。
2010/05/11(火)(木村覚)
プレビュー:チェルフィッチュ『ホットペッパー、クーラー、そしてお別れの挨拶』/大橋可也&ダンサーズ『春の祭典』
5月の注目作は、チェルフィッチュ『ホットペッパー、クーラー、そしてお別れの挨拶』(2010年5月7日~19日@ラフォーレミュージアム原宿)と大橋可也&ダンサーズ『春の祭典』(2010年5月14日~16日@シアタートラム)。5年前にトヨタ自動車主催の振付家アワード(トヨタコレオグラフィーアワード)にノミネートされ、ダンス作品としての評価もされた『クーラー』など小品3本をまとめて上演するチェルフィッチュ。大規模なヨーロッパーツアーも控えている本作は、チェルフィッチュ入門として彼らを知るのによい機会といえるだろう。『春の祭典』は、近年ますます独自の方法に磨きがかかってきた大橋可也が満を持して発表する一作。いま、東京において、劇場という場で、どんな「祭典」が可能か? この問いに大橋はどんな解答を用意しているのだろう、期待したい。本国における格差問題のなかでも大橋がとくに重要と考える世代間格差に配慮して、世代別に異なったチケット料金の設定を図るなど、上演行為を社会的な問題へ重ね合わせる試みも興味深い。
2010/04/28(水)(木村覚)
ホナガヨウコ企画 音体パフォーマンス『リアル感電!!』
会期:2010/04/24~2010/04/25
川崎市アートセンター アルテリオ小劇場[神奈川県]
d.v.dとホナガヨウコがつくりだす空間はとてもポップだった。両側にドラマーを配置し、奥の巨大なスクリーンを通してシンプルでカラフルな映像を映す、そのなかでダンサーがシンプルかつキャッチーな仕草を繰り出してゆく舞台。音(聴覚的データ)が身体(視覚的データ)で表現される場合もあれば(ドラマーの一打一打にダンサーがリアクションするとか)、身体表現に動機づけられ音が発せられる場面もある(ダンサーたちが互いに指さしするジェスチャーに合わせてドラマーが刻むとか)。もともとこうした視覚的データと聴覚的データの交差を音楽演奏に活かしていたd.v.dとのコラボ。“音体パフォーマンス”と自らの表現を呼ぶホナガヨウコは、視覚的データと聴覚的データの相互作用を軽やかに遊んだ。以前のサンガツとのコラボなど、こうしたポイントへの自覚的なアプローチは楽しいし今後の展開を期待させる。ポップな振付もフレッシュに映る。とくに、ダンサーの望月美里からは、単に個性という以上に、リアルな若者を表象するアイコンとしての力が感じられ、魅了された。でも、シンプルな振付は、ダンサーたちの力量だけでなく各人のキャラとしての輝きにその魅力の多くがゆだねられてしまうところがあり、キャラ揃いのダンサーばかりであればその見え方はまた違っていたのかもしれない。
2010/04/24(土)(木村覚)
Lady GaGa『The Monster Ball Tour』
会期:2010/04/17~2010/04/18
横浜アリーナ[神奈川県]
まさに「怪物の舞踏会」といった光景。今日の世界的ポップアイコンが見せたのは、美しさでも女らしさでも、若々しさでもなく、といって脱ジェンダーでもなく、ビッチでアグリーなものがもつ解放の可能性だった。現代美術のデータベースからグロテスクで強烈な肉体のイメージを取り出して、ファスト・ファッションみたいにシンプルかつチープに変換して活用する。衣装や楽器、舞台美術、ダンスに、そうした試行が随所に垣間見えた。現代美術だけではない、もっと濃厚に感じられたのはニューヨーク・ローカルのテイストと想像できる、悪趣味で、ぶざまで、キャンピーな、ゲイ的またクイア的イメージ。なかでも、両乳首と股間から3つの火花を激しく噴射させる衣装(「パパラッチ」)には大爆笑させられた。こうした爆笑のもつ解放感がじつに魅力的なライブだった。こうしたアグリーなテイストは、国内において不可思議なほどに、どんどん消極化している昨今だからこそ、このえがたい解放感に日本の観客は酔わされ踊らされたように感じた。
2010/04/18(日)(木村覚)
快快「スナック『しばはま』」
会期:2010/04/09~2010/04/10
SNAC[東京都]
落語の名作『芝浜』を快快が演劇化するという。楽しみな6月の本公演に先駆け、深川に新しくできたSNAC(桜井圭介の吾妻橋ダンスクロッシングと無人島プロダクションが共同プロデュースするスペース)で行なわれたのが本作。「スナック」とタイトルにある。元スナックというよりは元居酒屋だったらしいSNACの空間、床に青いビニールシートが敷いてありお花見会場みたいだ。坐る場所を確保すると快快の女性メンバーたちがおでんや焼酎などをふるまってくれる、その様子は確かにスナック風。しばらくすると、女性メンバーたちは観客の間に入っておしゃべりをはじめた。パラパラダンスや紙切りの出し物を間に挟んで、観客はひたすら飲まされた。そんな1時間ほどが経ってから『しばはま』上演。3人の役者が全員で夫になったり女房になったり、2対1になったり1対2になったりと、いつもの快快らしく複数の役者がひとつの役を交替であるいは同時に演じてゆく。考えてみれば、首を右に左に振るだけで役を切り替える落語の演技形式は、快快の発想に近いといえなくもない。飲んだくれの夫の話を、観客はさんざん飲まされた状態で受けとめた(上演の幕間にはフリードリンクタイムまであった)。劇空間であり、また「スナック」でもあるという場は、『芝浜(しばはま)』の物語の内部に身体ごと観客を引き込む仕掛けだったわけだ。
2010/04/10(土)(木村覚)