artscapeレビュー
美術に関するレビュー/プレビュー
上阪伸之介 版画展[木とくさの名は]

会期:2009/07/28~2009/08/02
ギャラリーすずき[京都府]
天地約2メートル、左右約5メートルの巨大木版画が2点。どちらもクジラがモチーフになっている。壁に貼られた作品《暁》は、空中を浮遊するクジラの一部が都市や山脈、水鳥などに変容している。床の作品《木とくさの名は》では、クジラは島として表現され、手前の陸地で食物連鎖が繰り広げられている。悠久の自然に対する憧憬を巨大なクジラに託しているのは明らか。そこに木版画特有のやわらかい線や遊び心あふれるメタモルフォーゼが加わって、作品が教条的になるのを防いでいるのだ。心が解きほぐされるような大らかな作品を前に、外の猛暑をしばし忘れた。
2009/07/28(火)(小吹隆文)
水と土の芸術祭2009

会期:2009.07.18~2009.12.27
新潟市全域[新潟県]
前夜、越後妻有から新潟市に移動。こちらでも「大地の芸術祭」と同じく、広域に点在させた作品を見て回るオリエンテーリング方式の展覧会をやっている。なんで似たようなことを同じ県内で同時期にやるのかというと、ディレクターが同じ北川フラムさんだからだ。ちなみに北川さんはこの夏「水都大阪2009」も手がけている。いくらなんでもやりすぎじゃないですか。新潟市のほうは726平方キロに71点の作品があるので、約10平方キロに1点という作品密度。これも回を重ねるごとに点数が増えていくのだろうか。そもそも継続できるのか。ともあれ、今日はバスツアーで10カ所ほど回り、20点以上を見ることができた。感想をひとことで述べれば、第1回の「大地の芸術祭」を思い出す。
2009/07/27(月)(村田真)
まいにち、アート

会期:2009/07/18~2009/09/06
群馬県立近代美術館[群馬県]
群馬県立近代美術館が毎夏主催している「こども+おとな+夏の美術館」。今回は、淺井裕介、安部泰輔、泉太郎、KOSUGE 1+16が参加し、いずれも家族向けの展覧会という枠組みには到底収まりきらない、そして美術館の広大な空間に負けず劣らず、すばらしい作品を発表した。KOSUGE1+16は地元の小学生たちの自画像を周囲の壁に貼りつけて観客席を彩ることで、例の巨大なサッカーボードゲームを《AC-GM5(アスレチッククラブ群馬の森5室)》としてバージョンアップさせ、安部は同館所蔵の絵画作品の目前で、それらを古着で再現した作品を床に置いた。泉は、おそらくこれまででもっとも大きな空間を作りこんだ映像インスタレーションを発表。新作の《貝コロ》は、正直に言って「やっつけ感」が否めないが、それを差し引いたとしても、モニターを有機的に立ち並べ、天井まで最大限に使う手並みは鮮やかだ。そして、4人(組)のなかでも群を抜いていたのが淺井裕介。同館の中でもっとも高く広いと思われる壁面を目一杯使った巨大な泥絵のほか、紙ナプキンから封筒、ティッシュの箱などに描きつけた《日々のドローイング》、同館周辺で拾い集めた木々や岩を並べた《置絵》など、見る者を飽きさせない絵を存分に披露した。大自然と動物に囲まれながら生命の誕生を予感させる巨大な泥絵《大きな山》は、おそらく淺井のこれまでの制作活動にとって大きな達成となるにちがいない。次のステージでの活躍が楽しみだ。
2009/07/26(日)(福住廉)
野村仁「変化する相──時・場・身体」

会期:2009/05/27~2009/07/27
国立新美術館[東京都]
日本を代表する現代美術アーティストの一人である野村仁。立体やインスタレーション作品も多いが、彼は本質的には「写真家」なのかもしれないと、代表作を集成した回顧展「変化する相──時・場・身体」を見て思った。彼の方法は、とりあえず流動し変容する世界を写真という画像形成システムにインプットする所から始まる。その場合、被写体が固定している場合と動いている場合、カメラ(眼)が固定している場合と動いている場合があり、その組み合わせは計8通りになる。いったんその組み合わせが決まれば、あとはほぼ自動的に撮影が進み、画像はとめどなく増殖していく。その進行にどこかで区切りを付けるために、秒、分、時、日、年といった時間の単位が導入され、その単位ごとにひとまとまりの作品が成立してくる。
言葉で書くとシステマティックな印象だが、実際にできあがってくる作品は偶発的な意外性にあふれ、網膜を気持ちよくマッサージするチャーミングな美しさを備えている。高度に論理的、知的でありながら何ともユーモラスでもある。とはいえ「見るものすべてを写す」というとんでもない構想によって、ムービーカメラのコマ撮り機能で10年間にわたり撮影した連続写真を、120冊の本の形にまとめた「Ten-Year Photobook 又は視覚のブラウン運動」(1972~82)といった作品には、ほとんど狂気すれすれの画像システムへの没入が垣間見える。刺激の多いラディカルな展示。個人的には、「宇宙はきのこのように発生したか」(1987)という作品を見ることができたのが大収穫だった。
2009/07/26(日)(飯沢耕太郎)
越後妻有アートトリエンナーレ 大地の芸術祭2009

会期:2009.07.26~2009.09.13
越後妻有地域[新潟県]
新潟県南部に広がる約760平方キロの山村地域に、旧作も含め370点もの作品が散りばめられた破格の規模の展覧会。作品密度は2平方キロに1点の割合だ。といわれても多いのか少ないのか判断しかねるが。今回、プレス用バスツアーに乗って2日間かけて見て回ったが、1日5時間バスに揺られて訪れたのは15カ所ほど、作品点数にして30点にも満たないくらい。これじゃあ1週間あっても見きれないぞ。でもプレス用のツアーだからあっちこっちつまみ食いしながら回ったので、時間はかかったけど代表的な作品は見ることはできた。
今年の特色は前回と同じく、増え続ける廃屋や廃校を作品化していく「空家・廃校プロジェクト」。訪れた15カ所のうち、クロード・レヴェック、ジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミラー、アントニー・ゴームリー、オーストラリアハウス、塩田千春、田島征三、福武ハウスなど実に12カ所が空家か廃校だった。なんだか「大地の芸術祭」がいつのまにか「空家の芸術祭」になっていないか。でもそれは、初めのころよりズイッと地域コミュニティに入り込んでいった証でもあるだろう。つまりこの芸術祭が住人に受け入れられたということだ。
反面、気になることもある。多くのアーティストが地域や住人や家の歴史・記憶といったものをテーマにするようになったこと。それ自体は悪いことではないのだが、みんながみんなそっちの方向に走ってしまうと重苦しいし、なにか住人に媚びてるようでうっとうしく感じられるのも事実。その点、空家の1室で嵐を体験できるジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミラーの《ストーム・ルーム》は、地域性も歴史性も感じさせないナンセンスぶりにおいて飛び抜けていた。
2009/07/25(土)、2009/07/26(日)(村田真)


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