artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

甲斐啓二郎「綺羅の晴れ着」

会期:2023/03/25~2023/04/22

ZEN FOTO GALLERY[東京都]

スポーツの起源というべき祭事を、世界各地で追い求めて撮影してきた甲斐啓二郎は、2015年頃から「裸祭り」を集中して撮影するようになった。今回展示されたのは、2017~2019年に撮影された「西大寺会陽」(岡山県)、「ざるやぶり神事」(三重県)、「ヤッサ祭り」(群馬県)、「黒石寺蘇民祭」(岩手県)の写真群である。

主に夜に、狭い室内で男たちが激しくぶつかり合うこれらの祭事には、ほかの行事にはない特徴がある。いうまでもなく、参加者全員が「はだか」であるということだ。そのことによって汗が飛び散り、怒鳴り声が飛び交い、濃密な体臭が立ちのぼる、異様にテンションの高い時空間が出現してくる。甲斐がこれらの祭りに魅せられ、ときには自分自身も「はだか」になって撮影を続けてきたのは、単純に被写体の面白さということだけでなく、そこに人と人とが接触するときに生じる、恐怖感と嫌悪感とエクスタシーとが混じり合った、ほかに類を見ない状況が生じるからではないだろうか。このような祭事は、なぜかほかのアジア諸国も含めて、日本以外ではほとんどおこなわれていないという。もしかするとそのあたりにも、日本人のやや異様な同調性、一体感の根拠があるのではないだろうか。本作は、限定された時空間における日本人のふるまいを、思いがけない角度から探求しようとする試みともいえるだろう。

大きめのプリントを中心に展示したZEN FOTO GALLERYのインスタレーションは迫力満点で、とてもうまく構成されていた。展覧会に合わせて刊行された同名の大判写真集(アート・ディレクション=山田洋一)も、印刷、デザイン、レイアウトともに素晴らしい出来栄えである。


公式サイト:https://zen-foto.jp/jp/exhibition/keijiro-kai-%E2%80%9Cclothed-in-sunny-finery%E2%80%9D

2023/04/12(水)(飯沢耕太郎)

王大閎の自邸と台北市立美術館

[台湾、台北]

台北市立美術館の南側の公園に再現され、2018年から公開された王大閎の自邸(1953)を見学した。彼は欧米で建築を学び、《国父紀念館》(1972)を設計した、台湾におけるモダニズムの父というべき建築家である。彼のドローイングも、台湾の建築アーカイブ事業において重視されていた。王が台湾に戻って初の作品となった自邸は、いわゆる豪邸ではなく、決して大きくはない。モダニズムをベースに、レンガの壁によるシンプルな空間構成によってコンパクトにまとめている。が、そこに赤色、円窓、庭を加えることによって、東洋のアイデンティを表現する。屋根が激しく沿った国父紀念館はクセが強い造形だが、こんな素直な建築もできることに感心した。また向かいの《DHカフェ》でも王の図面や関連書籍を展示しており、居心地がいい開放的な現代建築である。


王大閎の自邸(原貌重建)


王大閎の自邸(原貌重建)


国父紀念館の図面(新北市立図書館総館で開催されていた「台湾戦後経典手絵施工図建築展」[2023]より)


DHカフェ(王大閎書軒)


美術館では、いくつかの企画展が開催されていた。マグナムフォトの写真家の仕事を回顧する「ルネ・ブッリ」展は、チェ・ゲバラ、中国、TV、コラージュなどの切り口で紹介している。一応、ル・コルビュジエやルイス・バラガンの建築、オスカー・ニーマイヤーによるブラジリアの写真も含まれていたが、個人的にはきちんと建築のトピックを立ててほしかった。いわゆる建築写真とは違い、彼は人間が入った生き生きとした写真を撮影しているからである。なお、今回の展示によって、彼が自らスケッチも描く絵心をもっていたことを初めて知った。


ルネ・ブッリ展


「スーパーナチュラル」展は、遺伝子操作、AI、技術革新、アーティスト4.0の時代におけるポストヒューマンの身体やハイパーリアルな表現をテーマにしたものだった。もっとも、いまだにパトリシア・ピッチニーニの精巧な作品が一番目立つのは、2023年としてはアップデート感が足りないかもしれない。

ほかに「ヘテロジニアス」のインスタレーション、1階は高重黎の音響映像メディア史と身体を扱う個展ダヴィッド・クレルボによる見る人を不安にさせる静止画風の巨大な映像作品、地下はBODO展や「Telling a Story with You」展など、もりだくさんである。これらを全部見ても、入場料が30元(約130円)は安い。



パトリシア・ピッチニーニの作品(スーパーナチュナル展より)


高重黎個展



勒內.布里:視覺爆炸(ルネ・ブッリ展)

会期:2023年3月18日(土)〜6月18日(日)
会場:台北市立美術館(10461臺北市中山區中山北路三段181號)

未來身體:超自然雕塑(スーパーナチュラル展)

会期:2023年2月18日(土)〜6月4日(日)
会場:台北市立美術館(10461臺北市中山區中山北路三段181號)

2023/04/07(金)(五十嵐太郎)

植田真紗美「Microcosmos」

会期:2023/03/28~2023/04/09

Koma gallery[東京都]

植田真紗美は日本写真芸術専門学校卒業後、2013年から仲間たちと写真誌『WOMB』を出版したり、写真集『海へ』(trace、2021)を刊行したりといった活動を続けてきた。今回東京・恵比寿のKoma galleryで展示したのは、ずっと続けているスナップ写真の成果である。被写体がくっきりと形をとり、何を見せたいのかが明確だった『海へ』の写真群と比較すると、今回はより曖昧で不分明な日常の領域へと、「写真を手がかりにして」踏み込んでいこうという思いが強まってきている。自分の写真家としての原点をもう一度確認することをめざす仕事ともいえるだろう。スライドショーを中心とした展示構成も、自己主張よりは自己確認にふさわしいものだったのではないかと思う。

そうやって見えてきた植田の写真の世界は、光、影、イルミネーションなどに抽象化された世界と、より具体的に被写体との遭遇の手触りを確かめようとする試みとの二つに、大きく分裂しているように見える。今のところ、その分裂を再統合していくための手がかりを、まだうまく掴みきってはいないようだ。だが、このような試行錯誤を続けていくことで、何かが見えてくるのではないだろうか。展覧会に寄せたコメントで、植田は「さまよいながら、写ったものと真っ直ぐに向き合い続けることからしかはじまらない」と書いていた。たしかにそのような気配を感じさせる写真が何枚かあったが、スライドショーの形だと、その意図はなかなか伝わりにくい。最終的には写真集にまとめるような道筋をつくっていくべきではないだろうか。


公式サイト:https://www.komagallery.com/%E8%A4%87%E8%A3%BD-past-2022

2023/04/06(木)(飯沢耕太郎)

TOPコレクション セレンディピティ 日常のなかの予期せぬ素敵な発見

会期:2023/04/07~2023/07/09

東京都写真美術館 3階展示室[東京都]

東京都写真美術館の「TOPコレクション」展は、これまでも恒例の企画展として開催されてきたが、今回はとても面白かった。美術館のコレクションをどのような切り口で見せるかは、担当の学芸員の腕の見せ所であるとともに、頭を悩ませる課題ではないかと思う。回を重ねるごとに、同工異曲の企画になりがちだからだ。今回の写真におけるセレンディピティ(偶然による予期せぬ出来事や発見)というテーマも、決して目新しいものではない。だが、写真の選択が的確なのと配置やインスタレーションに工夫が凝らされていたことで、まさに予期せぬ出会いを生み出す、見応えのある展示になっていた。

会場は4部構成で、第1部「しずかな視線、満たされる時間」には北井一夫、牛腸茂雄、吉野英理香、今井智己、島尾伸三、潮田登久子が、第2部「窓外の風景、またはただそこにあるものを写すということ」にはエドワード・マイブリッジ、相川勝、葛西秀樹、山崎博、佐内正史、鈴木のぞみ、浜田涼が、第3部「ふたつの写真を編みなおす」には奈良美智、中平卓馬、齋藤陽道、エリオット・アーウィットが、第4部「作品にまつわるセレンディピティ」には齋藤陽道、本城直季、ホンマタカシ、井上佐由紀、畠山直哉、石川直樹が出品していた。

たとえば、北井一夫の知られざる名作《ユズが3個》(2008)を展示のトップにもってきたり、奈良美智と中平卓馬の作品を、2枚の写真を結びつけるという観点から対比したり、吉野英理香「JOBIM」や齋藤陽道《感動》のように複数の写真を集合させることで見えてくる世界を提示したりという具合に、気配りのある展示によって、学芸員の武内厚子によるキュレーションの意図がよく伝わってきた。カタログも「ジョビンとマギーの素敵な探検」という絵本のような導入部(イラスト・小池ふみ)を置くことで、手にとりやすいものになっていた。このテーマは、コレクション展以外でも展開できる余地がありそうだ。


公式サイト:https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-4530.html

2023/04/06(木)(飯沢耕太郎)

artscapeレビュー /relation/e_00064668.json s 10184587

寺崎英子『細倉を記録する寺崎英子の遺したフィルム』

発行所:小岩勉(発売=荒蝦夷)

発行日: 2023/03/31

寺崎英子は1941年、旧満州(中国東北部)で生まれ、戦後に宮城県鶯沢町細倉(現・栗原市)に移った。最盛期には3,000人以上の従業員を擁していた鶯沢町の三菱鉱業細倉鉱山は、鉛、亜鉛、硫化鉄鉱などを産出する全国有数の鉱山だったが、安価な鉱産物の輸入が自由化されたこともあって業績が悪化し、1987年に閉山に至る。

寺崎は、幼い頃に脊髄カリエスを患い、家業の八百屋の経理などを手伝っていたが、細倉鉱山の閉山前後から、カメラを購入して細倉の街並み、人、自然、取り壊されて空き家になっていく建物などを克明に記録し始めた。その本数は、黒白、およびカラーのフィルム371本(10,985カット)に及ぶ。今回刊行された写真集には、写真家の小岩勉を中心とする寺崎英子写真集刊行委員会がスキャニングした画像データから、432点が収録されている。

それらを見ると、寺崎がまさに閉山によって大きく変わり、失われていこうとしていた細倉の姿を、写真として残すことに、強い思いを抱いて取り組んでいたことが伝わってくる。細やかな観察力を発揮し、被写体の隅々にまで気を配って、一カット、一カット丁寧にシャッターを切っているのだ。とはいえ、カメラワークはのびやかで、柔らかな笑顔を向けている人も多い。愛惜の気持ちはあっただろうが、写真を撮ること自体を充分に楽しみつつ、記録の作業を続けていたのではないだろうか。結果的に、遺された371本のフィルムには、細倉とその住人たちの1980~1990年代の姿が、そのまま、いきいきと写り込むことになった。

寺崎は亡くなる1年ほど前の2015年に、小岩に電話をかけ、「これで寺崎英子って名前の入った写真集をつくって」とすべてのネガを託したのだという。彼女自身、自分の仕事の価値をしっかりと自覚していたということがわかる。写真集を見ると、掲載された写真のクオリティの高さは、一アマチュア写真家による記録写真という範囲を遥かに超えている。このような写真が撮られていて、しかも写真集としてまとめられたこと自体が奇跡というべきだろう。既に2017年以降、せんだいメディアテークなどで写真展が開催されているが、ぜひほかの地域でも展示を実現してほしいものだ。

2023/04/04(火)(飯沢耕太郎)