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美術に関するレビュー/プレビュー

調和にむかって:ル・コルビュジエ芸術の第二次マシン・エイジ─大成建設コレクションより

会期:2022/04/09~2022/09/19

国立西洋美術館 新館1階 第1展示室[東京都]

ル・コルビュジエを語るにあたり、建築家と、彼のもうひとつの顔である画家との両側面を見る必要があるのかもしれない(とはいえ私はフリークではないので、詳しいことはあまり語れないと先に言い訳しておく)。3年前に同館で開催された展覧会「国立西洋美術館開館60周年記念 ル・コルビュジエ 絵画から建築へ─ピュリスムの時代」で、私はル・コルビュジエの初期絵画作品を一覧した。画家のオザンファンとともにピュリスムを宣言した頃の作品だ。この頃に描かれた絵画は規則的な構成といい、制御された色使いといい、非常に秩序立った印象を受けた。世界に向けてモダニズム建築を提示し、「近代建築の五原則」を提唱した機能主義者らしい絵画だったように思う。

しかし晩年には一転して、ル・コルビュジエはモダニストの信条を貫きながらも、人間の感情にもっと寄り添いながら、人間と機械、感情と合理性、そして芸術と科学の調和を目指したという。この思想の変化には、第二次世界大戦での荒廃や冷戦の脅威が影響していた。第一次マシン・エイジ(機械時代)に次ぎ、第二次マシン・エイジと呼ばれた時代精神である。本展ではル・コルビュジエの晩年の絵画と素描が紹介されており、その作風の変化が確かに見て取れた。キュビスムに似た幾何学的構図であるのは変わりないが、人間の身体や顔、開いた手、牡牛などを題材に盛り込むことで有機的な世界観を生み出していたのだ。こうした変化のなかで、ル・コルビュジエの晩年の最高傑作「ロンシャンの礼拝堂」が生まれたのかと腑に落ちた。まるでフリーハンドで描いたかのような独創的な造形をした礼拝堂は、合理的で洗練された「白い箱」を設計してきた建築家と同じ建築家が設計したとは思えないほどの変容ぶりであるからだ。

ル・コルビュジエほど先駆的な建築家であっても、時代や社会の風潮にこうも左右されるものなのかと、本展を観て改めて感じた。ということは、2022年は歴史的に見て大きな転換期となるのかもしれない。なぜなら世界的な疫病の蔓延に続いて、世界を二分する軍事侵攻が起こった年だからである。今後、クリエーティブの世界でどのような変化が起きるのかをとくと観察していきたい。


公式サイト:https://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2022lecorbusier.html


関連レビュー

国立西洋美術館開館60周年記念 ル・コルビュジエ 絵画から建築へ──ピュリスムの時代|杉江あこ:artscapeレビュー(2019年03月01日号)

2022/04/21(木)(杉江あこ)

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鶴巻育子「幸せのアンチテーゼ」

会期:2022/04/05~2022/04/17

Jam Photo Gallery[東京都]

鶴巻育子は、自らが主宰する東京・目黒のJam Photo Galleryで、昨年4月の「夢」に続いて「幸せのアンチテーゼ」と題する写真展を開催した。そこに展示されているのは、「自身の心理状態を探るため」に撮影を続けているという日常スナップの写真群である。「夢」では、横位置の黒白写真という枠をあえて定めて出品作を選んでいたのだが、今回はカラー写真も、縦位置の写真も入ってきた。では、写真の幅が広がった分、表現のフォーカスも拡散したのかといえば、決してそんなことはない。特に人が写っていない風景写真に、張り詰めた緊張感を湛えているものが増えて、それらが柔らかに包み込むような雰囲気の写真とうまく釣り合って並んでいた。

鶴巻がADHD(多動性の発達障害)を抱えているということを、彼女が展覧会に寄せたコメントではじめて知った。周囲の音が異常に気になって、現実感の喪失や離人症につながることもあり、スナップ写真を撮影するという行為は、彼女にとって現実世界とのかかわりを保つという切実な意味を持つもののようだ。とはいえ、写真家たちには、そのような心理的な傾きを持っている者が多いので、あまり深刻に受けとる必要はないだろう。自分と現実世界との間に薄膜が張っているような感覚は、むしろ写真撮影に集中するためにプラスに働くこともあるのではないかと思う。

今回の展覧会は、たしかに前回よりも先に進んでいた。とはいえ、まだ完成形ではない。いまの仕事をうまく育てていけば、写真家としての次のステージが見えてくるのではないだろうか。あと1回、あるいは2回の展示を経ることで、鶴巻の写真の世界がよりくっきりと形をとってきそうな気がする。

関連レビュー

鶴巻育子「夢」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2021年06月01日号)

2022/04/15(金)(飯沢耕太郎)

Chim↑Pom展:ハッピースプリング

会期:2022/02/18~2022/05/29

森美術館[東京都]

結成から17年、日本を代表するアート・コレクティブとして名を馳せているChim↑Pom from Smappa!Groupの「最大の回顧展」が、森美術館で開催された。都市と公共性、ヒロシマ、東日本大震災、戦争、移民問題など多彩なテーマを扱い、メキシコとアメリカの国境地帯、カンボジアまでも足を伸ばして、挑発とユーモアがないまぜになったパフォーマンスを縦横無尽に展開し、それらを映像を含めた総合的な現代アートとして提示する彼らの活動が、まさにコレクティブに集成された見応えのある展示である。

それらを見ながら、あらためてプロジェクトにおけると写真・映像の役割について考えさせられた。いうまでもなく、アーティストたちのパフォーマンスは一回限りのものだから、その場にいた者以外の観客にそれを伝えるためには、写真や動画で記録しておく必要がある。逆にいえば、写真・映像こそが、その作品を成立させるために決定的な役割を果たすといえる。Chim↑Pom from Smappa!Groupはそのことをよく理解しており、展示されていた写真・映像のクオリティはとても高い。誰がそれらを撮影したのかは明記されていないが、たとえば彼らの活動を広く認知させた《ヒロシマの空をピカッとさせる》(2009)の写真・映像の強度はただならぬものがある。「May, 2020, Tokyo」(2020)では、「青写真の感光液を塗ったキャンバスを都内各所の大型看板に2週間にわたって設置」するという手法を用いて、まさに写真作品としかいいようのない大判プリントを制作・発表した。彼らの活動を写真家のそれとして捉え直すこともできるということだ。

ひるがえって、写真の分野でChim↑Pom from Smappa!Groupに匹敵する活動を展開している者がいるかといえば、Spew、二人、Culture Centreなどのユニットと、個人の制作作業とを両立させてきた横田大輔くらいしか思い浮かばない。写真家たちによるアート・コレクティブの動きが、もっと出てきてもいいのではないだろうか。

★──本展会期中の2022年4月27日にChim↑Pom はChim↑Pom from Smappa!Groupへ改名した。http://chimpom.jp/project/namechange.html

2022/04/14(木)(飯沢耕太郎)

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桜を見る会

会期:2022/04/09~2022/04/30

eitoeiko[東京都]

今年も「桜を見る会」の案内状が届いたので行ってみた。本家の新宿御苑から神楽坂に場所を移した「桜を見る会」も、はや3回目。出品作家は7人、うち女性が5人を占める。勇気ある人たちだ。

ドアを開けて正面に陣取るのは嶋田美子の作品。天井から吊り下げられたピンクの垂れ幕に「ミソジニスト消滅させよう行こう行こう(ギャティギャティ)反嫌悪実行委員会」と書かれ、横に懐かしや中ピ連の榎美沙子のポートレートと、その象徴であるピンクヘルメットを被せた箒などが置いてある。日本のフェミニズム運動と今年生誕100年を迎えた松澤宥へのアイロニカルなオマージュか。「桜を見る会」との関連はピンク色。ピンク関連でいうと、木村了子による軸装の美男画《Beauty of my Dish―桜下男体刺身盛り》もそう。ヌードの美男子の腹の上に鯛刺しが盛られ、鯛の頭が下腹部を覆う構図で、周囲を桜が囲んでいる(ただし葉は桜っぽくない)。いわゆる女体盛りならぬ男体盛りだが、鯛の身と桜の薄ピンク色が呼応して美しい。

サクラという語に反応したのは岡本光博。子どものころなじんだ画材「サクラクレパス」のパッケージをそのクレパスで拡大模写したり、軍用ベルトに弾丸の代わりにクレパスを装着したり、相変わらず批評精神は旺盛だが、「桜を見る会」との関連は希薄だ。逆に一見穏やかながら、じつはもっとも過激に迫っているのが中島りかの作品。壁には赤いバッグが置かれた新宿御苑の写真と中島のステートメント、床にはその赤いバッグが置かれている。ステートメントを読むと、「桜を見る会」が中止になった2020年4月、安倍首相の私邸に女性が不法侵入して逮捕されたが、彼女の持っていたバッグにはナタや小型のガソリン携行缶、ライターなどが入っていたという。中島はそれと同じものをバッグに入れて東京を徘徊したそうだ。いわば容疑者の行動を追体験したわけだが、もし運悪くおまわりさんに職務質問されれば「ちょっと署まで」連れていかれたに違いない。こういうおバカな作品が増えると、世の中もう少し楽しくなるのにね。



右:嶋田美子《中ピ連を招魂する》、左:岡本光博《SAKURA CRAY-PAS, SAKRA COUPY-PENCIL, and HONTOno》
[筆者撮影]

2022/04/14(木)(村田真)

鎌倉の建築、「山口勝弘展 『日記』(1945-1955)に見る」展ほか

[神奈川県]

一時は存続の危機にあった坂倉準三が設計した《神奈川県立近代美術館》(1951)は、保存されることになり(1966年に建設された新館は解体)、鎌倉文華館 鶴岡ミュージアムとして2019年にリニュアルオープンし、隣にカフェも併設された。展示ケースの傾いたガラス面もそのままであり、オリジナルを尊重した改修のように思われる。現在、NHKの大河ドラマ『鎌倉殿の13人』と連動する長期の展示が行なわれており、小さな空間に大勢の来場者を集めていた。歴史的な資料だけではなく、過去の大河ドラマの映像も参考にして、TVセットがつくられたという美術のエピソードは興味深いが、タレントの写真が並んだり、インタラクティブな体感展示が導入された会場は、以前の状態を知っていると、あのカマキンがこんな俗な雰囲気になるのか!? と戸惑う。しかし、やはり日本初の公立近代美術館である建築を保存できたことは良かった。大河ドラマ館としては来年1月までの使用である。壊されず、残っていれば、また違う使われ方もするだろう。



鎌倉文華館 鶴岡ミュージアム




鎌倉文華館 鶴岡ミュージアムの隣のカフェ




「鎌倉殿の13人」展


同じく鶴岡八幡宮の境内に位置する近くの《鎌倉国宝館》(1928)は、器用に様式を使いこなす岡田信一郎が設計しており、外壁に校倉風のデザインをとりいれた和風だが、関東大震災直後の1928年に建設されたこともあり、鉄筋コンクリート造だ。正面は、現状の法規では許可されないであろう、すごい急階段である。ただ、入館してすぐの常設展示「鎌倉の仏像」は、仏像群をしっかりと配置した構成だ。天井を見上げて驚いたのは、寄棟屋根の姿からはまったく想像がつかない、採光のパターンである。外観からは気づかれないよう、屋根の中央部を削り、光をとりいれる筋を走らせ、うまく工夫していた(グーグル・アースで確認できる)。



《鎌倉国宝館》




《鎌倉国宝館》


さて、神奈川県立近代美術館 鎌倉別館の「山口勝弘展 『日記』(1945-1955)に見る」展は、ていねいに記録された日記から戦後まもない日本美術界の状況を切りとるものだった。科研による調査の成果でもあるようだが、考えてみると、オリジナルのカマキンが誕生した頃を振り返る企画なのだ。改めて、アメリカが啓蒙を目的に設置したCIE図書館が果たした役割や、美術、デザイン、音楽、ダンスなど、分野を横断する交流が盛んだったことがうかがえる。当時、山口が清家清や丹下健三とコラボレーションした展覧会も行なわれていたが、後者の空間構成がカッコいい。



大高正人《神奈川県立近代美術館 鎌倉別館》


山口勝弘展 『日記』(1945-1955)に見る

会期:2022/02/12(土)~2022/04/17(日)
会場:神奈川県立近代美術館 鎌倉別館
(神奈川県鎌倉市雪ノ下2-8-1)

2022/04/11(月)(五十嵐太郎)