artscapeレビュー

鶴巻育子「幸せのアンチテーゼ」

2022年06月15日号

会期:2022/04/05~2022/04/17

Jam Photo Gallery[東京都]

鶴巻育子は、自らが主宰する東京・目黒のJam Photo Galleryで、昨年4月の「夢」に続いて「幸せのアンチテーゼ」と題する写真展を開催した。そこに展示されているのは、「自身の心理状態を探るため」に撮影を続けているという日常スナップの写真群である。「夢」では、横位置の黒白写真という枠をあえて定めて出品作を選んでいたのだが、今回はカラー写真も、縦位置の写真も入ってきた。では、写真の幅が広がった分、表現のフォーカスも拡散したのかといえば、決してそんなことはない。特に人が写っていない風景写真に、張り詰めた緊張感を湛えているものが増えて、それらが柔らかに包み込むような雰囲気の写真とうまく釣り合って並んでいた。

鶴巻がADHD(多動性の発達障害)を抱えているということを、彼女が展覧会に寄せたコメントではじめて知った。周囲の音が異常に気になって、現実感の喪失や離人症につながることもあり、スナップ写真を撮影するという行為は、彼女にとって現実世界とのかかわりを保つという切実な意味を持つもののようだ。とはいえ、写真家たちには、そのような心理的な傾きを持っている者が多いので、あまり深刻に受けとる必要はないだろう。自分と現実世界との間に薄膜が張っているような感覚は、むしろ写真撮影に集中するためにプラスに働くこともあるのではないかと思う。

今回の展覧会は、たしかに前回よりも先に進んでいた。とはいえ、まだ完成形ではない。いまの仕事をうまく育てていけば、写真家としての次のステージが見えてくるのではないだろうか。あと1回、あるいは2回の展示を経ることで、鶴巻の写真の世界がよりくっきりと形をとってきそうな気がする。

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