2021年10月15日号
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artscapeレビュー

野村次郎『峠』

2013年01月15日号

発行所:Place M

発行日:2012年12月1日

2011年2月~3月に新宿御苑前のギャラリー、Place Mで開催された野村次郎の個展「峠」について、本欄に以下のように描いた。
「怖い写真だ。会場にいるうちに、背筋が寒くなって逃げ出したくなった。(中略)落石除けのコンクリートや枯れ草に覆われ、時には岩が剥き出しになった崖、その向こうに道がカーブしていく。時折ガードレールに切れ目があり、その先は何もない空間だ。それらを眺めているうちに、なぜかバイクごと崖に身を躍らせるような不吉な想像を巡らせてしまう。そこはやはり『立ち入り禁止の林道』であり、写真家はすでに結界を踏み越えてしまったのではないか」
こんなふうに感じたのには理由があって、野村が一時期精神的に不安定な状態に陥り、「引きこもり」の状態にあったことを知っていたからだ。自宅の近くにある林道を撮影したこの連作に、そのときの鬱屈した心情が写り込んでいるのではないかと想像したのだ。
ところが、今回写真集として刊行された『峠』を見て、やや違った思いを抱いた。たしかに「怖い写真」もある。だが「峠」には時折日が差しこみ、風も吹き渡っている。そこから伝わってくる感情は、閉塞感だけではないようだ。作者の野村自身は、「あとがき」にこう書いている。
「峠。そこは、ある意味閉ざされた場所で、お互い符号を持たない同士ゆえ、僕には開放感をあたえてくれる」
「符号を持たない同士」という言い方はややわかりにくいが、写真学校を中退して引きこもってしまった野村と、人もあまり通わずほとんど見捨てられてしまった林道のあり方が重ね合わされているということだろう。彼がそこにある種の「開放感」を見出していたということが、今回写真集のページを繰っていてよくわかった。撮影期間は2002~2011年。野村がPlace Mの存在を知り、再び写真に取り組み始めた時期だ。そこには恢復への希望が託されているようでもある。

2012/12/24(月)(飯沢耕太郎)

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