2022年12月01日号
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artscapeレビュー

2011年07月01日号のレビュー/プレビュー

ミミトメ『マゴビキ、あるいは他人の靴の履き方』

会期:2011/06/18~2011/06/25

SPACE雑遊[東京都]

2人1組でテーブルごしに向き合う観客は、イヤーフォンから課せられる指示にしたがって行動する。本作の特徴は、観客の行動が作品の大きな構成要素となるという点。ただしそれは「観客が役者になる」のとは異なる。むしろ、観客に役者をあるいは演技を極力与えない芝居と考えたほうがいい。観客は、指示通り、目の前のボードにある景色(俯瞰したそれは山間部で、真ん中に菱形の湖がある)の上で小さな人形を移動させ、その都度、耳に入ってくるその場所にまつわる語りを聞く。要は、役者が人形に、舞台がボードになっており、そのぶん、役者や舞台美術から喚起されるイメージが最小化されているのだ。役者がまったく不在というわけでもない。テーブルの周りで、耳から聞こえてくるエピソードにちょっとだけ関連する(けどほとんど関係ない)芝居を2人の役者が演じていた。けれども、ここで大事なのは、演技が与えられていないということのはずで、それによって観客は、語り以外はきわめてミニマルな要素だけをたよりに、場所のありさまやそこでの出来事を想像することになる。役者が極力あらわれないことによる効用は、想像力を刺激する語りだけでとんでもなく非現実的なシーンでも出現させられるところにあるだろう。けれども、ミミトメ本人たちはそこにあまり執着がないようで、語りの中身に奇想天外ななにかはなかった。そのぶん、観客に「演技を与えない」という仕掛けだけが、さまざまな可能性を残しつつ、宙づり状態になっていた。

2011/06/25(土)(木村覚)

Nibroll『This is Weather News』

会期:2011/06/24~2011/07/03

シアタートラム[東京都]

なにより「わかりやすい」と思った。1年前にあいちトリエンナーレ2010で初演され、東京では初の上演となった本作。赤、黒、白といったきわめて少ない色彩数に限定したこと、また構成のシンプルさもそう思わせる要因だったのかもしれない。そして、同時に思ったのは「そのわかりやすさでいいのか?」ということだった。Nibrollの(とくにダンスの)なかにある独特のコミュニケーション不全状態。イライラと相手の態度を拒絶したり、容赦なく突き飛ばしたり、混乱しているというか、未成熟さの露呈というか、そのなんとももどかしく、自分にも他人にもとりまく状況すべてに齟齬を感じているかのような、言葉にしがたいイライラした所作(ダンス)こそ、Nibrollというか振付家・矢内原美邦の魅力であると思う。ただしそこにはまた、なぜそういう不全状態になってしまっているのかがよくわからないと思わせるところもあって、そうしたダンスの発生源はおそらく矢内原の個人史的な部分に関わるものとぼくは推測している。わからない、けれども、矢内原が踊ると不思議とそのイライラのダンスは、見ているぼく自身の記憶にアクセスしてきて眼の前で起こる出来事をぼく個人に関わる事柄と思わせ、故に無視できないどころか引きつけられてしまう。ここに、矢内原ダンスの希有な魅力がある。けれども、本作のわかりやすさは、そうした魅力とは違うなにかである気がした。例えば映像では、影絵状態の人形が激しく壁に激突するなど、暴力的な運動が展開された。はっとさせられる。けれども、ぼくにはその光景が、「そうした暴力的映像が好きなひと向けのもの」のように見えてしまった。その他の、色のトーンを限定した美しいシーン(とくにラストシーンの視界が奪われるほどの白)も、「そうした景色が好きなひとにはぐっとくる場面」に思えてしまった。なんというか、矢内原のわかりにくさが、わかりやすい「趣味の世界」に転換されてしまったかに見えたのだ。いや「趣味」ではなく、そこにおくべき言葉は「コンテンポラリー・ダンス」あるいは「コンテンポラリー・アート」なのかもしれない。故に、その選択は「正しい」のかもしれない。けれども、矢内原の「わかりにくさ」から伝わってくるものにぼくは興味をもっているのだが……と呟かずにいられない。

2011/06/25(土)(木村覚)

ダーレン・アロノフスキー『ブラック・スワン』、周防正行『ダンシング・チャップリン』

会期:2011/05/11、2011/04/16~

たまたま日本では同時期の公開となった二作、「バレエを扱った映画」という以外にも両者には共通点があった。どちらも、前半に本番にいたるまでの出来事、後半に本番が上演されるのである。もちろん違いもある。『ダンシング・チャップリン』は、実在のダンサーたちが実名で登場するドキュメンタリー、故に本番はそのままバレエ作品の映画化であるのに対して、『ブラック・スワン』は純粋なフィクションである。ただし、極端に近い位置から主人公をとらえる『ブラック・スワン』のカメラは、主人公の本番初日までの葛藤に恐ろしいほどリアルに迫っており、対して『ダンシング・チャップリン』では、本番ぎりぎりでダンサーが入れ替わるなど、予想を超えた出来事が起きる。フィクションはバレエリーナの心理を濃密に描き切り、ドキュメンタリーは嘘のような本当の話で観客をバレエが生まれる現場に引き込む。どちらにしても面白いのは、前半の部分が後半の本番を見るための必要不可欠な要素になっているところだ。リハーサルや舞台の外の出来事込みで見せることで舞台作品は舞台単独では出ない力を出すことが可能になる。ただし、その力を有しているのは、舞台芸術というよりは映画というべきだろう。その多くが本番の上演のみならず上演までの顛末を描いた「バックステージもの」であるミュージカル映画はその好例に違いない。どちらの作品もまるでそうした「バックステージ」もののように、バレエの魅力を映画固有の力によって引き出していた。

映画『ブラック・スワン』予告編

映画『ダンシング・チャップリン』予告編

2011/06/25(土)(木村覚)

プレビュー:「Whenever Wherever Festival 2011」、「ダンスがみたい!13」ほか

7月の公演は、単独公演よりもシリーズ企画やイベントが多い。森下スタジオで行なわれる「Whenever Wherever Festival 2011」(7月7日~28日@森下スタジオ Sスタジオ)は、ワークショップが満載で観客というよりダンサー、振付家にお勧めのイベント。ダンスの講師が中心だけれど、柴幸男ら演劇系のワークショップもあるので、ダンスや演劇をつくりたい方、要チェック。
die pratzeとd-倉庫で行われるのは「ダンスがみたい!13」(7月19日~2011年8月3日@神楽坂die pratze、8月5日~30日@日暮里d-倉庫)。8月の上演予定のほうが面白そうではあるけれど(大橋可也&ダンサーズ+空間現代や黒沢美香&ダンサーズ、川口隆夫など)、7月ならば岩下徹と桜井圭介の「即興セッション」(7月24日@die pratze)が気になる。
それとアサヒ・アートスクエアのすみだ川アートプロジェクト2011「江戸を遊ぶ:Nanpo×連」(6月19日~7月31日@アサヒ・アートスクエアほか)もある。快快による『快快-faifai-のOBAKE!!!!!!』(7月15日)や蓮沼執太の「MUSIC TODAY ASAHI」(7月18日)も必見だが、個人的には山賀ざくろが黒沢美香と踊る「沙羅等」(7月14日、16日)に期待している。

2011/06/30(木)(木村覚)

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