2021年06月01日号
次回6月15日更新予定

artscapeレビュー

2019年02月15日号のレビュー/プレビュー

イメージコレクター・杉浦非水展

会期:2019/02/09〜2019/04/07、2019/04/10〜2019/05/26

東京国立近代美術館 本館2階ギャラリー4[東京都]

「デザイン」を日本語に訳すことは難しい。あえて言うなら、図案、意匠、設計などの言葉が当てはまるか。明治、大正、昭和初期に生きた杉浦非水は、日本にまだデザインという言葉と概念がない時代に活躍したグラフィックデザインの先駆者だ。まさに図案家として、三越呉服店のポスターやPR誌の表紙をはじめ、さまざまな企業のポスターや装丁の仕事に携わった。本展はその杉浦の膨大な作品群を紹介する展覧会である。

杉浦の作品の魅力は、当時の時代背景を反映した和洋折衷的なモダンさであろう。非常に明快で親しみやすいのだ。もともと、東京美術学校(現・東京藝術大学)で日本画を学んだという経歴ゆえか、まるで竹久夢二の美人画を思わせる柔和でハイセンスな女性像がよく登場している。また、杉浦が影響を受けたのではないかと言われる、アール・ヌーヴォー様式もときどき取り入れているのがわかる。さらに大胆でユニークな構図は、フランスのポスター画家のカッサンドルやサヴィニャックの作品を彷彿とさせることもある。そんなふうに作品を観ながら、杉浦を何かに紐付かせようとあれこれと頭を巡らせるが、結局、杉浦が長けていたのは編集力だったのではないかと思い至る。

本展のタイトルでも杉浦を「イメージコレクター」と称しているように、杉浦は海外の新聞や雑誌、美術書などをコレクションし、また独自にスクラップブックを作成して、それらを大事な資料にしていたという。日本のグラフィックデザイン黎明期において、当然、デザイン専門書は身近になく、ましてやDTPは遥か遠い未来のことである。自ら積極的に資料となりそうなものを探し求めるほかはない。例えばスクラップブックには海外の新聞や雑誌から切り抜いたと思われるさまざまな書体の見本、つまりタイポグラフィー一覧があり、その涙ぐましい努力には感銘を受けた。一方で、動植物の端正な写生を「眼の記録」として残しており、外から内からさまざまな要素を自らに取り込んでいたことがわかる。インプットし、アウトプットする。この二つの行為の間に必要な咀嚼に非凡な才能を発揮したからこそ、杉浦は優れた作品を生み出すことができたのではないか。その点からしてもデザインの先駆者だったと言える。

杉浦非水《三越呉服店 春の新柄陳列会》(1914)

杉浦非水《カルピス》(1926)

杉浦非水《ヤマサ醤油》(1920頃)

公式サイト:http://www.momat.go.jp/am/exhibition/imagecollector2019/

2019/02/10(杉江あこ)

artscapeレビュー /relation/e_00047642.json s 10152563

上田愛「{De}code 」

会期:2019/02/05~2019/02/10

KUNST ARZT[京都府]

奇妙な軟体動物のような、捻じ曲げられた人体のようなオブジェが台座に載っている。壁にズラリと掛けられたものはお面やマスクを思わせるが、ツノや触覚のように突き出た突起は攻撃性やペニスを連想させる。だが、近づいてよく見ると、綿を詰められ、ぬいぐるみのように柔らかく有機的なフォルムのそれらの表面は、レースやフリル、リボンといった装飾で覆われ、刺繍や愛らしい花柄も見える。全体の色合いも、淡いピンクやベージュ、レッド、パープル、薄いブルー、レモンイエローなどカラフルで華やかだ。上田愛の彫刻作品《Dress code》は、ブラジャーやショーツといった女性用下着を縫い合わせ、綿を詰めて成形して制作されている。



会場風景

元々、大学でジュエリーデザインを学んだ上田は、「装飾」というポイントから「下着」に関心を持つようになったという。他人に「見せる(魅せる)」ことが前提のジュエリーと異なり、下着は通常、不特定多数の他人の目に触れるものではない。だが、ブラジャーやショーツは、下着としての機能に加え、レースやフリル、リボン、刺繍といった装飾性が付加されている。「見せない」「見えない」ものであるにもかかわらず、「見せる」ための装飾が付けられている下着。その曖昧な両義性への関心が、《Dress code》をシリーズとして制作する動機になったという。

私たちは日常生活のさまざまな局面で、社会的要請に従い、あるいはファッションを楽しむために、日々さまざまな衣服をまとい、その都度アイデンティティを形成している。だが、「外皮」としてまとう衣服のさらに内側、「外皮」と自身の肉体との狭間にある中間的なレイヤーである下着もまた、アイデンティティ形成の手段なのではないか。「例えば、喪服を着ていても、セクシーな下着を着けるのは自由」と上田は言う。「見えない」私的な領域だからこそ、ある時はセクシーに、ある時はフリフリのプリンセスに、密かな変身願望を肯定し、皮膚に一番近い存在として内面を支える下着。それは、より複雑かつ微妙な領域においてアイデンティティを可変的に形成/解除する装置であり、ある種の「武器」でもある。上田の作品が、仮面(ペルソナ)や攻撃性を帯びたものとして存在するのは、偶然ではない。



《Dress code No.034》

「(女性用)下着」というと男性は性的な連想を抱きがちであり、男性消費者の欲望を喚起する記号としてグラビアなどで大量に溢れる一方、「女性は性(的なこと)を公に語ってはいけない」という社会的風潮や抑圧から、「下着」は隠すべきものとされ、不可視化されてきた。だが上田は、抑圧され、不可視化されてきた「下着」に、私たちがまだ見たことのない未知の生物のような新しい形を与え、可視化させる。個展タイトルの「{De}code」は、「デコレーション(装飾)」という言葉の残響を内包しながら、「デコード (decode)」つまり「下着」に埋め込まれたさまざまな社会的意味の層の解読と、タブーの解除を指し示しているのだ。

2019/02/10(日)(高嶋慈)

長町文聖「OLD VILLAGE」

会期:2019/02/01~2019/02/17

photographers’ gallery[東京都]

写真家が撮影するカメラを変える理由はさまざまである。単純に目先を変えるということもあるだろうが、多くは被写体との向き合い方が違ってきたためだと思う。長町文聖は、これまで8×10インチの大判カメラで、街を行き交う人を撮影した作品を発表してきた。ところが、今回のphotographers’ galleryでの個展では、35ミリの小型カメラにシフトし、ネガカラーフィルムで撮影・プリントしている。

長町にその理由を尋ねたところ、「数をたくさん撮りたかったから」という答えが返ってきた。たしかに8×10インチのカメラでは撮影枚数が限られてくる。だが、それだけでなく、彼の撮影の姿勢そのものが変わってきているのではないだろうか。あらかじめ「絵」を描いてシャッターを切っていたように見える前作に比べると、今回の「OLD VILLAGE」では、街を歩きながら偶発的に発見した場面をカメラにおさめている。結果的に、なんとも即物的、散文的な印象の写真が並ぶことになった。

被写体になっているのは前作と同じく、長町が居住している東京・町田市の眺めである。前作ではそれがどこであるのかはあまり重要なファクターではなかったが、今回は町田というやや特異な成り立ちの地域、東京都下にもかかわらず、どこか地方都市のような雰囲気の街のたたずまいがくっきりと、細やかに浮かび上がってきていた。古い農家の名残のような建物と、高層アパートや商店街が同居する、雑然とした、やや気の抜けた眺めが淡々と目に飛び込んでくる。ただ、このシリーズはこのまま同じように続いていくのではなく、大判カメラによる写真と綯い交ぜにしていくプランもあるという。どこにでもありそうな、だがヴァナキュラーな特異性も併せ持った町田を、写真によって探求していく試みとして、面白い成果が期待できそうだ。

2019/02/11(月)(飯沢耕太郎)

陳春祿「収蔵童年」

会期:2019/02/06~2019/02/19

銀座ニコンサロン[東京都]

陳春祿(Chen Chun Lu)は1956年、台湾・台南市の出身。1983~85年に日本に留学して東京写真専門学校(現・東京ビジュアルアーツ)で学び、卒業後にカラー現像所で3年ほど働いた後、台湾に戻って、自らのカラー現像所を設立・運営してきた。今回の銀座ニコンサロンの個展では、彼が5歳だった1960年の頃の幼年時代の記憶を辿り、写真にドローイング、モンタージュなどの手法を加えて作品化している。

陳の少年時代の台湾は「蒋介石政府による高圧的な統治下」にあり、政治的には混乱と閉塞感が強まっていた。だが、一方では経済的には復興が進み、映画や音楽など台湾独自の文化も育っていった。陳の作品は、古い家族写真、写真館の着色肖像写真、映画のポスター、歌舞団(レビュー)の踊り子たちのブロマイド写真などに、小学校、遊園地、動物園、田舎への遠足などの写真を合わせてちりばめ、曼荼羅を思わせる精細で華麗なイメージのタペストリーを織り上げたものである。

デジタル化以降の写真家たちにとって、多彩な画像を取り込み、合成して、大きな画面をつくり上げていくことはごく当たり前になってきている。ともすれば、上滑りな、遊戯的な試みに終わることが多いのだが、陳の場合、発想と技法とがうまく接続して、見応えのあるシリーズとして成立していた。しかも彼の作品には、どこからどう見ても台湾人の世界観、宗教観、色彩感覚が溢れ出ている。東洋の魔術的世界の極致というべきその写真世界が、次にどんなふうに展開していくのかが楽しみだ。

2019/02/13(水)(飯沢耕太郎)

新山清「VINTAGE」

会期:2019/02/13~2019/04/27

gallery bauhaus[東京都]

新山清(1911~69)は愛媛県生まれ。東京電気専門学校卒業後、1935年から理化学研究所に勤め、戦後の1958年に旭光学に移った。そのあいだ、アマチュア写真家としてコンスタントに活動を続け、各写真雑誌に多数の作品を発表したほか、ドイツのオットー・シュタイネルトに呼応して、「国際主観主義写真展」(1956)、「サブジェクティブ・フォトグラフィ3」展(1958)にも参加している。今回の展覧会には、1969年に58歳で不慮の死を遂げた彼が生前に残した1940~60年代のヴィンテージ・プリント(写真家が撮影してすぐに制作したプリント)、49点が出品されていた。

本展もそうだが、このところ新山に限らず、迫幸一、大藤薫、後藤敬一郎など、「主観主義写真」の時代の写真家たちの仕事に注目が集まってきている。彼らの写真が、戦前のアマチュア写真家たちが切り拓いてきた「新興写真」、「前衛写真」の伝統を受け継ぐとともに、独特の切り口で戦後社会を切り取ったものであることがようやく見えてきたからだ。今回展示された作品を見ると、花、静物、風景、スナップなど、新山のアプローチの幅はかなり広い。ヌード写真や女性モデルを撮影したファッション写真風の作品まである。そこには、好奇心の赴くままに、さまざまな被写体に向き合っていく、アマチュア写真ののびやかさがよくあらわれている。また、35ミリ判と6×6判のカメラを自在に使いこなして、的確なフレーミングで画面に収めていく技術力の高さを窺える作品が多かった。

アマチュア写真家たちの創造性は、1970年代以降に急速に枯渇していくので、新山の仕事はその最後の輝きを示すものといえる。戦前の仕事も含めて、彼の作品を集大成した写真展や写真集をぜひ見てみたい。

2019/02/13(水)(飯沢耕太郎)

2019年02月15日号の
artscapeレビュー

文字の大きさ