artscapeレビュー
2019年06月15日号のレビュー/プレビュー
平山達也「諏訪へ帰ろう」
会期:2019/06/03~2019/06/15
表参道画廊[東京都]
平林達也は写真プリント専門のフォトグラファーズ・ラボラトリーを運営しながら、写真家としての活動を続けている。昨年(2018年)も、銀座ニコンサロンと大阪ニコンサロンで個展「白い花(Desire is cause of all thing)」を開催するなど、表現の幅が広がり、作品のクオリティも上がってきた。表参道画廊で「東京写真月間2019」の一環として、日本カメラ博物館の白山眞理の企画で開催された本展も、目の付け所がいい面白い展示だった。
平林は4年ほど前に、長野県諏訪出身の曾祖父の存在をはじめて知った。1873年生まれの平林放鶴(本名・鶴吉、のちに潔と改名)は、二松學舎で学び、1900年に東京・神田に家塾、勸學書院を設立した。その後、1904年には故郷に戻って上諏訪角間新田に湖畔學堂を創設し、多くの子弟に「国語漢文算術珠算作文習字」を学ばせた。1920年、当時大流行していたスペイン風邪で死去する。
平林は、この曾祖父の事蹟を丹念に追いかけ、彼が足跡を印した地を写真におさめていった。むろん資料も乏しく、平林放鶴が亡くなってからだいぶ時が経つので、その作業が完成したのかといえば疑問が残る。黒枠のフレームにおさめた写真に、テキストとともに古写真やデータなどの資料を組み合わせていくやり方も、まだまだ検討の余地がある。それでも、個人的なアーカイブを、写真を中心に構築していく試みは多くの可能性をはらんでいると思う。写真の喚起力のみに依拠するのではなく、テキストとの相互作用によって複雑なメッセージを伝達していく作業を粘り強く続けていけば、この作品もより厚みと説得力のあるドキュメントになっていくのではないだろうか。
2019/06/08(土)(飯沢耕太郎)
真継不二夫「美の生態」
会期:2019/06/04~2019/06/30
JCIIフォトサロン[東京都]
真継不二夫(1903〜1984)はそれほど著名ではないが、戦前から戦後にかけてクオリティの高い作品を残した写真家である。大正末〜昭和初期の「芸術写真」の時代から作品を発表し始め、戦時中は『報道写真への道』(玄光社、1942)、『海軍兵学校』(番町書房、1943)などを刊行した。戦後は各写真雑誌の表紙や口絵ページなどを飾る人気作家となり、特にヌード写真が高く評価された。『美の生態』(大泉書店、1948)、『美の生態Ⅱ』(双芸社、1950)は、ヌード写真と女性ポートレートの代表作を集成した写真集である。今回のJCIIフォトサロンでの展示は、その2冊の写真集に掲載された写真を中心に構成されていた。
戦後すぐの時期には、戦中の抑圧への反動と性の解放の気運があわさって、ヌード写真が大流行していた。福田勝治、杉山吉良、中村立行といった写真家たちが、競って意欲的な作品を発表していたが、その中でも真継のヌードは画面構成の巧さ、完成度の高さでは群を抜いている。京都出身の彼は、おそらくモデルとのコミュニケーションの取り方に、独特の柔らかさと品のよさがあったのではないだろうか。それが作品にもあらわれているように感じる。「美の生態」というタイトルも印象深い。「美」を抽象概念としてではなく、生きもののように捉える考え方がよく出ている。
本展と直接の関連はないが、このところ写真集や写真展で、ヌードを取り上げることにかなり強いバイアスがかかるようになった。本展のDMやカタログの表紙に使われている《肉体丘陵》と題する作品も、SNSから削除される場合があったという。むろん、真継が活動していた時代とは社会環境がまったく違うので安易に比較することはできないが、ヌード写真の撮影や発表に有形無形の圧力がかかり始めていることが気になる。ヌードを題材とするエロス(生命力)の探求は、写真表現の大事なテーマのひとつだ。この展覧会は、そのことへの論議を深めるきっかけにもなるのではないだろうか。
2019/06/09(日)(飯沢耕太郎)
マルク・アリザール『犬たち』
訳者:西山雄二、八木悠允
発行所:法政大学出版局
発売日:2019/05/20
本書の著者マルク・アリザール(1975-)は、これまでポンピドゥー・センターやパレ・ド・トーキョーをはじめとする文化施設で、おもに現代美術に関連する仕事に従事してきた異色の哲学者である。ここ数年は本格的に執筆活動に転じ、『ポップ神学』(2015)、『天上の情報科学』(2017)、『クリプトコミュニズム』(2019)といったユニークな著書を立て続けに発表している(いずれも未邦訳)。とくに本書『犬たち』(2018)は、150頁ほどの小著でありながら、その主題の近づきやすさもあってか、フランス本国で大きな話題を呼んだ。後述するようにけっして易しい内容ではないものの、原書の売り上げは、哲学書としては異例の1万部に達したという。
そんな本書は、人間にとって犬という存在がいかに重要なものであるかを論じる、哲学的動物論である。本書を構成する各章では、クリフォード・シマックのSF小説『都市』や、フランツ・カフカの未完の短編「ある犬の探求」、ジル・ドゥルーズやダナ・ハラウェイによる犬をめぐる哲学的考察、さらにはディズニーの『わんわん物語』やエルジェの『タンタンの冒険』のような子供向けの作品までもが、次々と呼び出される(ちなみに本書には狛犬や忠犬ハチ公も登場する)。そればかりではない。はじめに見たこの著者の経歴から予想されるように、古典絵画(デューラー、ヴェロネーゼ、ベラスケス……)から現代美術(ジャコメッティ、ヘルマン・ニッチュ、ピエール・ユイグ……)に至るまで、芸術作品における犬の表象がふんだんに参照されていることも、本書の大きな特徴である。
著者アリザールの基本的な考えを要約するなら、ほかならぬ「犬」こそがわれわれ人間を作り出したのだ、ということになる。とりわけ、犬の人間に対する信仰が、人間の神に対する信仰と相同的であり、「犬、人間、神のあいだで互いに模倣し敵対し合う三角関係」こそ、「私たちが犬たちと結ぶ愛と憎しみの近代的な関係」の起源である、という一節などは印象的だ。より平たくいえば「神に愛されたいと望むように、私たちは犬を愛し始めた」のであり、一神教とともに「私たちは犬をもうひとりの自分として扱い始め」、それによって「幸福な愚か者という犬の近代的な形象が現れたのだ」(39-40頁)。
前出のハラウェイに代表されるように、犬が人間とともに進化してきた動物である、ということはこれまでにもしばしば言われてきた。アリザールもまたそれに同意するのだが、彼はそこから一歩すすんで、犬が人間の「誕生」に果たした役割を次のように言い表わしている。曰く「人間はある他の動物から進化した動物ではありえず、二つの動物のあいだでつくり出された関係の産物」にほかならない。そうだとするなら、「まさに
以上のような明快な立場とは裏腹に、本書の道程はけっしてなだらかではない。挙げられる事例の多さに比して、ごく圧縮された短い考察をテンポよく繰り出す本書の文体は、おそらくそれなりに読者を選ぶものであるように思われる(商業的な成功を収めた哲学書の常として、フランス語で書かれた本書のレビューのなかには、絶賛に混ざってそれなりの数の呪詛が見受けられる)。また、犬にまつわる挿話を世界の神話、宗教、文学から幅広く渉猟する本書の拡がりは、著者が犬の美徳として挙げる「頑固さ」と「繊細さ」を、読者に対してもただしく要求することになろう。その道行きを助けてくれるのが、本書のほぼ全頁に見える充実した訳註である。原著には図や註のたぐいはいっさい見当たらないが、その不便を補うべく、本書にはいたるところに適切な図版と側註が添えられている。それらを導きの糸として、著者が十分に掘り下げていない犬をめぐるさまざまなトポスを開拓するのも、本書の楽しみ方のひとつであるだろう。
2019/06/09(月)(星野太)
カタログ&ブックス│2019年6月
展覧会カタログ、アートやデザインにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
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ART SINCE 1900:図鑑 1900年以後の芸術
世界最高峰の美術史家5名がアートの流れを時系列で詳説した〈アートの教科書〉待望の日本語版。
英語圏を中心に絶大な影響力を誇る「オクトーバー派」。その中心メンバーである、ハル・フォスター、ロザリンド・E・クラウス、イヴ‐アラン・ボワ、ベンジャミン・H・D・ブークロー、デイヴィッド・ジョーズリットが書き下ろした渾身の美術史。
世界各国で反響を呼んだ大著 “ART SINCE 1900” の全訳。
身体と言葉 舞台に立つために──山縣太一の「演劇」メソッド
劇団「チェルフィッチュ」の名を海外・国内ともに不動にした立役者である看板俳優にして、独立後も演劇界にその名を轟かし続ける山縣太一の独自にして王道の演劇メソッド、満を持して刊行!身体と言葉に関する表現に関わる全ての人必読。
犬たち
驚くべき頑固さと並外れた繊細さをあわせもち、先史時代よりわれわれの善き友人でありつづけてきた犬たち。ときに幸福な愚か者として描かれ、ときに盲目的な服従者の象徴とされるかれらはしかし、みずからの運命を心から楽しみ、喜びに身を寄せる思想家のように見える。エジプト・ギリシア神話、聖書の世界から現代思想・現代文学にいたる犬たちの物語を読みとき、かれらの幸福のありようを学ぶ哲学的断片。
情報環世界 身体とAIの間であそぶガイドブック
現代の私たちは、テクノロジーで制御された情報に囲まれ、閉じた情報の世界を生きている。こうした状況を生物学者ユクスキュルの概念「環世界」になぞらえ、気鋭の研究者、クリエイターたちが研究会を開いた。本書はその研究会の成果。テクノロジー、人間科学、芸術表現に基づく、人間・社会の新しいビジョンを提示する。
イメージコレクター・杉浦非水展
展覧会について
日本のグラフィックデザインの創成期に、重要な役割を果たした図案家の杉浦非水。当館ではご遺族から一括寄贈された非水のポスター、絵はがき、原画など700点以上を収蔵しています。本展では三越のためのポスターや、数多く手がけた表紙デザインの仕事、原画やスケッチなど、19年ぶりに当館の非水コレクションを一堂に展示します。
さらに今回は、非水が手元に残した海外の雑誌やスクラップブック、16mmフィルムなど、貴重な旧蔵資料も初公開します。図案の創作にいたるまでの「イメージの収集家」としての側面に焦点をあて、杉浦非水の活動を改めて紹介します。
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椅子の神様 宮本茂紀の仕事
新しいことへの挑戦と実験/素材への探究心/過去、現在、未来をつなぐ、椅子づくり
カッシーナ、B&B、アルフレックス、梅田正徳、藤江和子、隈研吾、ザハ・ハディド...。彼らは、日本初の家具モデラー、宮本茂紀(1937-)がともに椅子づくりに携わってきたメーカーであり、デザイナーたち。一流の面々がこぞって宮本を頼るのはなぜか。2019年4月には、数年越しに完成した佐藤卓デザインによる椅子の開発に関わった。自然素材と伝統技術に拘った最高級のソファ「SPRING」。本書はその「SPRING」を皮切りに、デザイナーと試作開発に取り組んだいくつかの事例から職人としての宮本茂紀の仕事に迫る。ものづくりの現場に約65年。後半では、歴史から椅子の構造の変遷や技術を学び、素材や座り心地を追求し続け、さらに次世代へと継承する宮本の仕事も紹介する。写真家、尾鷲陽介の撮下しによる豊富な図版とともに、新たな角度から椅子の奥深さ、魅力に触れることのできる一冊。
トーキョーアーツアンドスペースアニュアル2018
トーキョーアーツアンドスペースの2018年度の活動をまとめた事業報告書。
U-35 展覧会 オペレーションブック 2019
大阪駅前・うめきたシップホールにて開催された「Under 35 Architects exhibition 2019 35歳以下の若手建築家による建築の展覧会2019」のオペレーションブック。審査員は建築史家である倉方俊輔氏。
空白より感得する
2018年10月13日〜11月11日に開催された、メディア・インスタレーションのパイオニア、フェリックス・ヘスと日本のサウンドアーティストによる展覧会カタログ。展示やパフォーマンスの記録写真、アーティストノート、批評等を収録。日英バイリンガル、200部限定。
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「芸術作品」について|中井康之:キュレーターズノート(2018年12月15日号)
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2019/06/17(月)(artscape編集部)