artscapeレビュー
2020年04月01日号のレビュー/プレビュー
スペースノットブランク『ウエア』
会期:2020/03/13~2020/03/17
新宿眼科画廊 スペース地下[東京都]
前作『ささやかなさ』で岸田賞作家・松原俊太郎の書き下ろし戯曲を上演したスペースノットブランク(以下スペノ)が今回「原作」を依頼したのはいじめや親子関係など自らの実体験を元にした作品で注目を集める「ゆうめい」の池田亮。松原戯曲の饒舌さにはスペノのこれまでの「文体」との共通性が感じられなくもないが、ストレートな「物語」を戯曲として書いてきた池田との組み合わせは正直言って意外だった。だが、スペノもまた、制作のプロセスにおける時間の積み重ねを現在形の舞台として立ち上げる「ドキュメンタリー」を上演してきたアーティストであり、その意味では池田との距離はそう遠くないのかもしれない。
スペノとゆうめいが共に出演した「どらま館ショーケース2019」では、もうひと組の参加団体であった関田育子も含め、三組が三組とも何らかの意味で「ドキュメンタリー的」な手法を用いていた。あらかじめショーケースのテーマが設定されていたわけではなく、私を含む推薦者3名がそれぞれ一団体を推薦した結果のラインナップだ。演劇の「ドキュメンタリー」としての、つまりは「現実」としての側面に意識的なつくり手が30歳前後の若手には多い。あるいはそれは人的交流による部分もあるだろう。スペノとゆうめいの付き合いは長く、互いの作品にメンバーが出演することもしばしばだ。『ウエア』には音楽担当としてヌトミックの額田大志も参加しているのだが、いわば「バンド」的な連帯による作品/場づくりもまたこの世代の(あるいはここ数年の小劇場シーンの)特徴として指摘できる。
ポストパフォーマンストークでの発言によれば『ウエア』もまた池田の実体験に基づいて書かれたものらしいのだが、上演からそれを読み取ることは不可能だろう。池田による原作は上演台本のかたちに構成し直され、そこにあった(かもしれない)物語は断片となり浮遊している。観客はそれを拾い集めて元のかたちを想像するしかない。
どうやらそこには何らかの会社の企画会議の参加者とヤクを製造販売するグループとが登場しているらしいのだが、ヤクを吸ってバッド・トリップする登場人物たちはしばしば現実と幻覚、自分と他人の区別がついていない。一方がもう一方の見る幻覚だとも思える場面もある。ナミやニコンロといった漫画『ワンピース』を思い出させる登場人物の名も現実感を乏しくする。4人の俳優(荒木知佳、櫻井麻樹、瀧腰教寛、深澤しほ)は演じる「役」(というものがあるとすればだが)をしきりに入れ替えているようで、「虚構」はやがて決壊し「現実」に流れ込む。
作中に登場する「メグハギ」というキャラクター(Vtuber?)はさまざまな要素=キャラづけによって成り立っている。キャラクターを構成するのもまた複数のキャラクターなのだ。「メグハギ」と聞いた私が最初に連想したのは「つぎはぎ」という言葉だった。虚構のつぎはぎとしての虚構。ならば現実はどうか。
悪夢的な、とても「意味がわかる」とは言えない上演は緻密なスタッフワークによって支えられている。額田の音楽とstackpicturesの映像は全編がサンプリングによって構成され(ていると思われ)、「メグハギ」のあり方を反復する。俳優の意志によって厳密にコントロールされた身体に櫻内憧海の音響・照明が精確に対応し、観客たる私もまたその世界と合一する。バッド・トリップの手触りは外から眺める虚構としてでなく、まさに私自身が体験するものとしてそこにあった。私の横では非常口のサインまでもが同期し明滅している。
現実/虚構の分離と一致の運動。原作に書き込まれていたであろう(しかしもちろんそのようにして想像される「原作」も一種の「メグハギ」に過ぎない)その感触をスペノの二人はきわめて高い精度で観客に触知可能なものとして立ち上げてみせた。バッド・トリップめいた「狂った」世界を手渡す演出はどこまでも理性的で巧緻だ。
5月には『ささやかなさ』東京公演が控えている。やはり容易に「わかる」とは言いがたい松原戯曲からスペノは何を引き出し体感させてくれるだろうか。
公式サイト:https://spacenotblank.com/
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2020/03/14(土)(山﨑健太)
カタログ&ブックス | 2020年4月1日号[テーマ:エコロジー]
テーマに沿って、アートやデザインにまつわる書籍の購買冊数ランキングをartscape編集部が紹介します。今回のテーマは、東京都現代美術館(※2020年4月1日現在、臨時休館中)で開幕予定の展覧会「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」にちなみ「エコロジー」。太陽光などの再生可能エネルギーや自然現象に着目したインスタレーションで世界的に高い評価を集める作家による本展ですが、本の世界では「エコロジー」というとどのようなものが注目を浴びているのでしょうか。このキーワードに関連する書籍の購買冊数ランキングトップ10をお楽しみください。
「エコロジー」関連書籍 購買冊数トップ10
1位:大洪水の前に マルクスと惑星の物質代謝(Νυξ叢書)
資本主義批判と環境批判の融合から生まれる持続可能なポスト・キャピタリズムへの思考。マルクスのエコロジー論が末節ではなく、経済学批判において体系的・包括的に論じられる重要なテーマであると明かす。
2位:猫楠 南方熊楠の生涯(角川文庫)
博物学・民俗学・語学・性愛学・粘菌学・エコロジー……広範囲な才能で世界を驚愕させた南方熊楠。そんな日本史上最もバイタリティーに富んだ大怪人の生きざまを天才・水木しげるが描く。
3位:21世紀のマルクス マルクス研究の到達点
マルクスをどう読むか。彼のライフワークである「資本論」から、哲学、政治理論、歴史理論、未来社会構想、エコロジー論まで、マルクス研究の今日的な到達点を提示。継承すべき成果と残された課題を明らかにする。
4位:ポスト資本主義 科学・人間・社会の未来(岩波新書 新赤版)
近代科学とも通底する人間観・生命観にまで遡りつつ、人類史的なスケールで資本主義の歩みと現在を吟味。定常化時代に求められる新たな価値とともに、資本主義・社会主義・エコロジーが交差する先に現れる社会像を描く。
5位:よくわかる国連「家族農業の10年」と「小農の権利宣言」(農文協ブックレット)
国連総会で、2019〜2028年を国連の家族農業の10年とすることが可決された。なぜ今、国際社会は家族農業の役割を再評価し、その政策的支援に乗り出そうとしているのか。家族農業および関連の深いテーマを解説する。
6位:民主主義の革命 ヘゲモニーとポスト・マルクス主義(ちくま学芸文庫)
新たなヘゲモニー概念を提起したポスト・マルクス主義の記念碑的著作。反核運動や性的マイノリティ、フェミニズム、エコロジー運動など新しい社会運動と労働闘争との「節合」の必要を説く。
7位:森の思想 新装版(河出文庫 南方熊楠コレクション)
東アジア的な生命論から出発して未踏のエコロジー思想の存在を予告した熊楠。植物学論文、南方二書、神社と森を無残に破壊した神社合祀令に反対する意見書などにより、熊楠が見た生命の本質を追う。中沢新一の解題も収録。
7位:手塚マンガでエコロジー入門
手塚治虫が生前に発表したエコロジーに関わる作品の中から、「モンモン山が泣いてるよ」「ブラック・ジャック 老人と木」など8点を紹介。各作品末に、未完のエッセイ集「ガラスの地球を救え」から採録した文章を掲載する。
7位:エコロジカル・デモクラシー まちづくりと生態的多様性をつなぐデザイン
【ポール・ダビドフ賞】人類の歴史的発展という文脈を描き出す、生産や文化など広範な分野に関係する文明論、エコロジカル・デモクラシー。地方・都市・コミュニティのデザイン分野からエコロジカル・デモクラシーを実現する意味・方法・価値を記す。
8位:自然なきエコロジー 来たるべき環境哲学に向けて
エコロジーの概念から「自然」を取り除き、それによりエコロジーの概念を新しく作り直すことを試みる。人間の死のカルト化へと帰着したファシズム的な環境批評を批判し、新たな環境人文学を立ち上げるモートン思想の主著。
9位:マルクスとエコロジー 資本主義批判としての物質代謝論(Νυξ叢書)
マルクスは環境破壊や環境保護について、どのようにとらえていたのであろうか? 現代的課題に応えうるマルクスのエコロジー論の生命力・可能性を探る試み。
10位:三つのエコロジー(平凡社ライブラリー)
浅薄なエコ志向が孕む構造的問題を鋭く突き、エコロジー思想には環境、社会、精神の3つを統べる新たな知が必要と説く。マサオ・ミヨシによる解説付き。〔大村書店 1991年刊の再刊〕
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artscape編集部のランキング解説
「エコロジー」。日常的によく耳にする言葉ですが、辞書で引くと「人間を生態系を構成する一員としてとらえ、人間と自然環境・物質循環・社会状況などとの相互関係を考える科学」(三省堂 大辞林 第三版より)とあります。今回のランキングからは、エコロジーが現代の政治・経済学と密接に関わる思想であることを改めて実感させられると同時に、マルクスが晩年に論じていたというエコロジー論が近年注目を集めていることも如実に伝わってきます(1位、3位、6位、9位)。
そんななかで注目したいのが、南方熊楠にまつわる書籍が2冊ランクインしていること。博物学者、生物学者、民俗学者などさまざまな顔を持ち、特に粘菌の研究でよく知られる南方ですが、彼の生きざまを漫画化した『猫楠 南方熊楠の生涯』(2位)では、水木しげるが“変人”南方のキャラクターを愛情とともに描き切っています。『森の思想 新装版』(7位)は、宗教史学者・中沢新一が南方の論文や資料をセレクトし編纂した「南方熊楠コレクション」(全5巻)のうちの一冊。いずれの本も、博覧強記で知られた南方の膨大な興味のなかから、日本人にとって身近なエコロジーの姿を再発見させてくれるかもしれません。一方、漫画界の巨人である手塚治虫も環境問題に大きな関心を寄せていたひとり。『手塚マンガでエコロジー入門』(同列7位)では、漫画作品のなかだけでなく、絶筆となったエッセイでも地球環境の危うさにたびたび警鐘を鳴らしていたことがわかります。
東京都現代美術館の「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」展では、私たちが普段当たり前に享受している自然環境との接点や、それらを持続させるためのシステムを再考する機会を与えてくれるはず。家で過ごす時間も増えているであろう昨今の状況のなかで、これらの本を入り口にゆっくり考えてみてください。
2020/04/01(水)(artscape編集部)