2017年11月15日号
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artscapeレビュー

金サジ「STORY」

2016年06月15日号

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会期:2016/05/03~2016/05/15

アートスペース虹[京都府]

昨年の個展に続く、「物語」シリーズの写真展。緻密に構成された鮮烈なイメージで綴られる、「架空の創世の神話」の新たなページが、一枚、また一枚と繰り広げられた。生/死、人間/動物、動物/植物、人間/神、男性/女性といった境界が混ざり合う中に、東アジアの各地域の神話や民話、祭礼、美しい衣装、象徴的な事物が混淆的に混じり合い、作家自身の見た夢や空想が織り交ぜられて、多層的なイメージへと結晶化する。
クマの頭部と美しいチマチョゴリを着た少女の身体が融合した像は、作家の直感的なイメージに基づくというが、実際に朝鮮半島の建国神話には、熊が人間の女性に変身して古代の王を産んだという伝説が存在する。人間と動物の融合は、ベールをかぶり、豚の鼻をもつ女性像へと受け継がれる。暗闇に浮かぶ月に根を張った巨大な五葉松は、宇宙樹のようにそびえ立つが、枝の先端は白く枯死し、骨を思わせる。神聖な動物として神格化される鹿の体からは、色とりどりの花が生い茂り、自然の神秘的な力の具現化や、生命をことほぐかのようだが、ひときわ鮮やかなピンクの花をつけたハナズオウの木は、ユダが首を吊った木として不吉な意味も持つ。さまざまな読み解きを誘うこれらのイメージは、黒い背景から浮かび上がるように照明を当てられ、西洋古典絵画の肖像画や宗教画を思わせる荘厳さを帯びている。あるいは、正面性が強く様式化されたポートレイトは、「架空の共同体の祭礼を記録した民族誌の記録写真」を思わせる。
今回の「物語」シリーズの展開では、さまざまな境界や複数の文化の有機的な融合、単一の起源を喪失した汎東洋的な神話世界、実在の神話や民話と個人的なフィクションの混淆、「死」「生」「女性」を連想させる象徴性の高いモチーフ、西洋古典絵画への参照といった特徴に加えて、「女性と生殖」というキーワードが浮上している。《子宮への出入口》と題された一枚では、鳥の巣の中に女性の黒髪が敷き詰められ、無数の露の玉が極小の卵のように輝き、巣の真ん中には子宮へと続く割れ目が口を開けている。また、《巫女(火を用い作成した刃で隔てる)》では、赤い衣装をまとった巫女が、冷えて固まった溶岩と繋がった、へその緒のような白く長い紐を持つ。手にした刃で、母体=溶岩=循環する生命エネルギーの根源との繋がりを断ち切り、新たな命をこの世に送り出す役割を司っているのだろうか。骨盤の白い骨を冠のように頭上にのせた巫女は、しかしよく見ると、男性的な顔立ちをしており、濃い化粧の下の性別は分からない。金サジの作品世界では、「巫女」とは必ずしも女性ではなく、男女の性別を含め、あらゆるものに超越的な存在であるのかもしれない。
「巫女(ムーダン:巫堂)」はまた、架空の存在ではなく、現在も人々の心の拠り所として存在し、金自身の祖母もかつて巫女業に従事していたことがあったという。現在も巫女を生業とする人々や、かつて従事していた祖母の話を聞く過程を経て制作される作品は、作家の内的なイマジネーションの中に、オーラル・ヒストリーの要素を含んでもいる。それは祖母や母から娘へ、といった個人の記憶の家族史であるとともに、国家、民族、近代、戦争、アイデンティティに関わるディアスポラの歴史でもあり、占いやお祓い、医療やセラピー、歌や踊りといった芸能など、複数の職能を持っていた巫女の歴史とも繋がっている。そうした、複数の水脈との繋がりから「物語」シリーズの作品を捉えることは、表面的なイメージの鑑賞を超えて、より豊かな受容経験を開くだろう。

2016/05/15(日)(高嶋慈)

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