artscapeレビュー
テリ・ワイフェンバック「The May Sun」
2017年06月15日号
会期:2017/04/09~2017/08/29
IZU PHOTO MUSEUM[静岡県]
会場の入り口近くに、テリ・ワイフェンバックのデビュー写真集である『In Your Dreams』(Nazraeli Press, 1997)の図版ページが、そのまま展示されていた。この写真集を洋書屋で見て、その独特の色使いとレンズのボケの効果を活かした繊細な自然の描写にすっかり魅了され、すぐに購入したことを思い出した。以来、彼女は数々の著作を出版し、日本でもその作品を見る機会も多くなってきた。だが、今回IZU PHOTO MUSEUMでの展示を見て、そのチャーミングな作品世界の新鮮さが、まったく失われていないことに驚かされた。
今回の展覧会は、表題作の「The May Sun」と「The Politics of Flowers」の2作品を中心に構成されている。19世紀アメリカの詩人ウォレス・スティーブンスの詩句に由来するという「The May Sun」は、ワイフェンバックが2015年にIZU PHOTO MUSEUMに1ヵ月余り滞在して制作したシリーズである。美術館の周辺の森や、咲き匂う花々を撮影した写真が並ぶ。木洩れ陽の光、蜘蛛の糸や枝先に結ぶ露、不思議に心騒がせる雲の姿などを、例によって細やかな手つきで、みずみずしい画像に変容させている。ワイフェンバックの作品を見ていると、彼女にとって自然は単に観察の対象であるだけではなく、同化し、包み込まれていく心の拠り所なのではないかと思えてくる。そのソフトフォーカスの描写は、19世紀末から20世紀初頭にかけてのピクトリアリズム(絵画主義)の写真家たちの自然観に通じるところがありそうだ。
一方「The Politics of Flowers」(2005)はワイフェンバックにしては、珍しい手法で制作された作品である。2003年の最愛の母親の死をきっかけにして、彼女は19世紀にパレスチナ地方の花を押し花にして貼り付けた小冊子に興味を惹かれるようになった。そこにおさめられた花々を複写し、ピグメント・プリントという特殊な技法で、モノクロームの画像として定着している。それらはパレスチナというつねに戦渦の絶えない苦難の地の花々をベースにして、母親の記憶を重ね合わせた感動的な作品に仕上がっていた。
ほかに動画と静止画像を組み合わせた意欲的な新作《柿田川湧水》(2015)、複数の画像を横に連ねた《富士山御殿場口》(2015)も出品されている。やや意外なことに、国内の美術館で彼女の作品が本格的に展示されるのは初めてなのだという。もっと大規模な回顧展も企画されていいのではないだろうか。
2017/05/02(火)(飯沢耕太郎)