artscapeレビュー
《真鶴出版2号店》
2018年08月01日号
[神奈川県]
tomito architectureが設計した《真鶴出版2号店》が竣工したばかりだったことを思い出し、下田からの帰路の途中、立ち寄ることになった。駅から歩いて10分弱、通りから外れた狭いせと道の奥にあるすでに増改築されていた古い家屋をリノベーションしたものである。プログラムは宿とキオスク。2部屋だけの小さな宿だが(旧玄関から入ってすぐの部屋と、斜めの平面をうまく処理した2階の部屋)、逆に壁を外してスケルトン状にした1階中央の共有スペースは広い。空間の考え方としては、横浜で見学したばかりのtomito architecture による《CASACO》にも近い。レクチャーで模型やドローイングを見せてもらったときは、せと道からのシークエンスを重視していることや、周辺の植栽が目立つことなどが印象的だったが、やはり風景のなかに溶け込む建築である。したがって、最初は道に迷ったせいもあるが、外観はあまり手を加えておらず、すぐにどれが彼らの作品なのか、正直わからなかった。ちなみに、はす向かいには施主が暮らす住宅がある。
具体的な建築の介入としては、以下の通り。まず、通り側にあった入口を変えている。すなわち、塀を外し、壁面を後退させ(既存家屋の増改築で生じていた不自然な屈曲も修正)、魅力的な外構や土間をつくり、脇から入るようにしたこと。その際、近くにあった郵便局が2階部分を減築することから、ガラスをもらい、住宅としては大きな窓を設けた。新しいエントラスは、真鶴独自の風景を形成する石垣が面しており、傾斜する地形を受け止めるような関係性を創出している。これは建築をモニュメントとして突出させるのではなく、細やかな観察によって周辺環境と接続しつつ、訪問者を内部に引き込む空間改造と言えるだろう。住宅が環境に寄り添うようなリノベーションである。また真鶴はまちづくりのために定めた「美の条例」でも知られているが、これも参考にしたという。あらゆる細部に地域の物語がぎゅっと凝縮されているような建築である。
2018/07/14(土)(五十嵐太郎)