artscapeレビュー
今森光彦展「写真と切り絵の里山物語」
2019年10月01日号
会期:2019/08/28~2019/09/04
松屋銀座 8階イベントスクエア[東京都]
今森光彦は1990年代初頭から、生まれ故郷の滋賀県大津市仰木にアトリエを構え、琵琶湖周辺の里山の自然環境を、四季を通して撮影しはじめた。それらの写真は、1995年に第20回木村伊兵衛写真賞を受賞した写真集『里山物語』(新潮社、1995)にまとまり、人と自然とが共生する身近な環境に着目した新たな自然写真のアプローチとして高い評価を受けた。
今森はまた、同時期にアトリエの周囲を「オーレリアンの庭」(オーレリアンは蝶の愛好家という意味)として整えて、生活と創作とを融け合わせようと試みるようになる。写真だけでなく、小学生の頃から続けてきたという切り絵作品を本格的に制作しはじめたのもその頃からだ。さらに、2014年からは新たな活動を開始した。里山の一角の荒れ果てた土地を購入し、「環境農家」として再生することに取り組みはじめたのだ。竹藪と格闘し、土中の石を取り除き、樹木を植え、溜池を掘り、少しずつ農業の環境を整えていく。5年をかけて、ようやくその作業にも目処がついてきた。
今回開催された「写真と切り絵の里山物語」展は、その今森の1990年代からの歩みをあらためて辿り直す回顧展である。『里山物語』などの写真集に掲載された代表作、「オーレリアンの庭」とアトリエでの暮らしの展示に続いて、展覧会の最後のパートでは、このところ集中して取り組んでいる「環境農家」への取り組みを、写真と文章で浮かび上がらせている。カラフルな切り絵の大作も多数出品されていて、今森の活動範囲が写真だけでなく、絵本制作など大きく広がりはじめていることがわかる。むろん、写真の仕事はこれから先も彼のメインの活動になっていくだろうが、そこに留まることなく、環境全体を視野に入れ、人間社会と自然との関わりを実践的に考察し、行動に移していくことの比重が上がってくることは間違いないだろう。
なお、展覧会にあわせて新著『光の田園物語 環境農家への道』(クレヴィス)が出版された、まだ、中間報告の段階だが、今後の展開が期待できる内容の写真文集である。
2019/08/28(水)(飯沢耕太郎)