artscapeレビュー
芳木麻里絵「fond de robe ─内にある装飾─」
2020年04月15日号
会期:2020/02/07~2020/03/28
ワコールスタディホール京都 ギャラリー[京都府]
「光の繊細な陰影」や「触覚性を喚起する質感をもつ表層」に着目し、モチーフの表面をスキャンまたは接写して得た画像を元に、アクリル板の上にシルクスクリーンの技法を用いてインクの層を数百回刷り重ねることで、イメージを「インクの積層」として再物質化する芳木麻里絵。その作品は、2次元と3次元、イメージと物質、表面と奥行きといった二項対立を攪乱的に往還しながら、「版」と複製・再現、3Dプリンターによる造形、そしてデジタル化された画像データに日常的に取り囲まれた私たちの知覚環境について問いかける。
芳木はこれまで、光の陰影や透過性、襞がもたらす2次元性と3次元性の共存といった点から、「レース」を主要なモチーフのひとつとして制作してきた。下着メーカーのワコールが運営するギャラリーで開催された本展では、1920年代と現代の「女性の下着」に使用されたレースをモチーフとすることで、これまでの関心を引き継ぎつつ、ジェンダーや社会史との接続によって作品の枠組みがより広がった。
参照されたのは、公益財団法人 京都服飾文化研究財団(KCI)が所蔵する、現代の下着の原型とも言われる1920年代のフランスのブラジャーやスリップと、ワコールの2020年春夏の最新の下着である。第一次世界大戦期に労働力として女性の社会進出が進み、身体を締め付ける窮屈なコルセットに代わってブラジャーやスリップが生み出され、戦後、機械織りによるレースの製造普及や女性の社会的地位の変遷とともに普及していった。100年前の下着も現代の下着も、華やかで繊細なレースの装飾が付されている点では変わらない。一方、100年前の下着は、(財団の所蔵資料ということもあり)表面に直接接触して文字どおり引き剥がすようなスキャニングではなく、接写による浅い被写界深度によってピントのボケを伴った画像に置換されている。そこに、現代の下着の源流という「近くて遠い」対象にどう接近するのかという眼差しを重ね合わせることもできる。
「外からは見えない」存在であるのに「装飾」が付されている下着の両義性はまた、「ファッションの一部として楽しむ」という女性自身の歓びの能動的側面と、「なぜ美や装飾性が求められているのか」という問いの双方と関連する。下着は、「服の土台(fond de robe)」として身体を支えつつ、「第二の皮膚」としての衣服とさらに皮膚の表面とのあいだの親密な領域で、自他の欲望が入り混じった複雑な領域を形成している。
(ヘテロセクシュアルの)男性作家が「女性の下着」をモチーフや被写体に取り上げた場合、「性的に眺める視線」を完全に排除することは難しいだろう。(ヘテロ)男性にとって「女性の下着」は、オブジェとして客体化された性的な視線の対象だが、日常的に身につける女性にとっては(上述のような複雑な欲望の領域を形成しながら)皮膚の表面に触れる、触覚性を伴ったものだ。ここで、2次元化された画像をインクの層の物理的堆積として3次元化して再出力する芳木の制作プロセスにおける問題意識を、よりジェンダー的な解釈へと開くことも可能だろう。「(性的な)眼差しの対象」として皮膚から引き剥がされたものを、触覚性を帯びたものとして取り戻す。そこで、インクの層が帯びる歪みや不連続な断層は、「自然」で「完全」な物質としての回復ではなく、他者によって一度異物化されたことの痕跡を宿すものとして立ち上がるのだ。
本展では、「1920年代のフランスの女性下着」が参照されていたが、日本の場合、「コルセット=規範的な美と身体の矯正からの解放」ではなく、「和装から洋装へ」という別の文脈が関わってくる。デジタル画像、イメージと知覚、シルクスクリーンという版画メディアへの自己言及性をキーワードに制作してきた芳木にとって、本展は、転機と新たな展開の第一歩となるだろう。
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芳木麻里絵「触知の重さ Living room 」|高嶋慈:artscapeレビュー(2017年02月15日号)
2020/03/28(土)(高嶋慈)