artscapeレビュー

十文字美信「藤崎」

2020年10月01日号

会期:2020/08/28~2020/10/24

SUPER LABO STORE TOKYO[東京都]

鎌倉に本拠を置くSUPER LABOは、森山大道、尾仲浩二、アントワン・ダガタなど、ユニークなラインナップの写真集を刊行し続けている出版社である。2019年3月から、東京・神保町に写真集販売+展示のスペースを設け、写真集出版にあわせて展覧会を開催するようになった。今回の展示も、十文字美信の写真集『藤崎』の関連企画として開催された。

『藤崎』は、十文字が本格的に写真家デビューする前の1967~68年に撮影された、文字通りのスタートラインというべき写真群である。藤崎は、十文字が卒業した神奈川県立神奈川工業高校の1年後輩で、サルトルやハイデッガーを読み、細身のジーンズに革ジャンで決め、バイクを乗り回す早熟な少年だった。十文字は彼と親しくなり、ジャズ喫茶に入り浸る濃密な日々を過ごす。『藤崎』の撮影は、その中で自然発生的にスタートしたセッションであり、笑い、叫び、「夢の島」でチョッパー型に改造した50ccのバイクで疾走する藤崎のしなやかな身のこなしを、動感溢れるカメラワークで捉えている。

処女作には、その作家のその後の可能性が、すべて含み込まれているとよく言われるが、どうやら『藤崎』についてはそうとも言えないところがある。十文字の真骨頂は、「写真とは何か」を恐るべき集中力で問い詰め、ぎりぎりまでコンセプトを練り上げて撮影する作品といえるだろう。初期の代表作「首なし」の連作(1971)では、夢の中に現れ、夜毎彼を恐怖に陥らせた不気味な「男」のイメージを追い求め、全身像からカメラを下に向けて、首から上をカットするという手法を編み出して撮影した。だが、『藤崎』では、そのようなコンセプトが形をとる前の、未分化な衝動が、そのままストレートに投げ出されている。いま『藤崎』をまとめ直すことで、十文字は、もう一度「写真家以前」の自分を取り戻そうともくろんでいるのではないだろうか。70歳を超えた写真家のチャレンジは、まだ続いているということだ。

2020/09/18(金)(飯沢耕太郎)

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