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遠見の書割─ポラックコレクションの泥絵に見る「江戸」の景観

2020年10月01日号

会期:2020/06/24~未定

JPタワー学術文化総合ミュージアム インターメディアテク[東京都]

先日まで日本民藝館で柳宗悦コレクションの泥絵を展示していたが、今度は東大が所蔵しているポラック・コレクションの泥絵展だ。泥絵とはその名のとおり泥絵具で描かれた絵のことだが、江戸時代の洋風画の1ジャンルであり、稚拙ながら遠近法を駆使したリアルな描写を特徴とする。今回は東海道五十三次を含む泥絵と、富士山や大名屋敷が見える江戸の街を描いた都市景観図が中心。いずれも藍色が多用されているが、これは1820年代にプロイセンから化学染料の藍(プルシャンブルー)が持ち込まれ、植物染料より便利ということでふんだんに使われるようになったという。

富士山にしろ屋敷にしろ、人にしろ木にしろ、描写はすべて簡略化された紋切り型で、どこか風呂屋のペンキ絵と通底するものがある。また、大半は江戸名物として大量生産されていた匿名の土産品であり、芸術的には価値のないものと考えられてきた。でもそうやって忘れられていくうちに外国人の目利きが買い集め、逆輸入のかたちで再発見・再評価される例は、浮世絵をはじめ枚挙にいとまがない。泥絵もどうやら同じ道を歩んでいるらしい。そもそも当時、こうした都市景観図を買い求めたのは、江戸から帰郷する地方出身者たちで、品川宿の手前の芝明神前に店が並んでいたという。そのため「芝絵」とも呼ばれるそうだ。ちなみに、泥絵の作者で珍しく名前が残っている司馬口雲坡は、地名の芝と画工の司馬江漢にあやかったネーミングだとか。泥絵も奥が深い。

入り口付近に1点だけ、昭和初期の泥絵があった。東京帝大を出て富士山の雲の研究を続けた阿部正直による「富士山宝永の噴火」の図。宝永の噴火は1707年のことだから、阿部の時代より200年以上も前の話。想像力だけで描いた絵特有の奇想にあふれている。これはレアもの。

2020/08/28(金)(村田真)

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