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江戸の土木

2020年11月01日号

会期:2020/10/10~2020/11/08

太田記念美術館[東京都]

浮世絵に限らないが、日本の絵画には「空間構造」が欠けている、とかねがね思っていた。例えば家屋を描くとき、西洋ならその建物がどのような土台の上に建ち、どんな構造をしているかを遠近法の下に描き出していく。つまり絵画を、あたかも建物を建てるように構築的に組み立てていくのだが、日本の絵は建物が地面に接しているかさえ怪しいほど曖昧で、辻褄が合いそうになければ霞でごまかしてきた。つまり日本の画家は伝統的に構造設計をサボってきたのだ。と思っていたら、「江戸の土木」なる浮世絵展が開かれているのを知り、興味深く見ることができた。

作品は計70点で、「橋」「水路」「埋立地」「大建築」「再開発エリア」「土木に関わる人々」「災害と普請―安政の大地震」の7章に分けられている。うち「橋」がいちばん多く、27点と4割近くを占める。これは江戸の町が、現在の東京の東側が栄え、隅田川を中心に運河を張り巡らせた「水都」であったことの証だ。ちなみに出品作品は、時代的には江戸後期から明治初期までのほぼ19世紀全体に及ぶので、維新後に架けられた西洋風の方丈型木橋や錬鉄製桁橋も登場する。いずれにせよ、これだけ橋が多く、見慣れ(描き慣れ)ているせいもあって、複雑な木の組み方など予想以上に正確に描写されている。とはいってもやはり浮世絵、色彩がフラットなせいで立体感には乏しい。例えば広重の「名所江戸百景」のうち《大はしあたけの夕立》。これはゴッホが模写したことで知られているが、そのゴッホの模写は、橋桁に原画にはない陰影をつけて立体感を強調している。原画より模写のほうがよっぽど空間構造を明確に再現できているのだ。

「水路」では、御茶ノ水の山を掘って通した神田上水や、玉川兄弟が羽村から取水した玉川上水、日比谷入江から江戸湾につなげた日本橋川、外堀の一環として貯水した溜池など、「埋立地」では、湿地帯を埋め立てた八丁堀や佃島、築地など、「大建築」では江戸城をはじめ、寛永寺、増上寺、浅草寺、新しいところでは凌雲閣など、江戸幕府が造成した場所を紹介している。20世紀以降も東京は目まぐるしく変わったけど、それも江戸時代の土木工事があってこそだとわかる。絵師は歌川広重を中心に、三代目広重、渓斎英泉、歌川国芳、小林清親、井上安治らが名を連ねるが、絵を見てハッとするのは葛飾北斎だ。広重も確かにうまいけど、北斎の「諸国瀧廻」の《東都葵ヶ岡の滝》や、「冨嶽三十六景」の《遠江山中》などの前では凡庸に見えてしまう。明治以前に空間構造を描き出すことができたのはただひとり、北斎だけかもしれない。

2020/10/14(水)(村田真)

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