artscapeレビュー

下川晋平「Neon Calligraphy」

2020年11月01日号

会期:2020/09/23~2020/10/06

銀座ニコンサロン[東京都]

1986年、長野県生まれの下川晋平は、なかなかユニークな経歴の持ち主である。慶應義塾大学文学部でイスラム文化を学び、アラビア語の読み書きができるようになる。その後同大学大学院では現代美術を専攻し、2011~13年には東京綜合写真専門学校の夜間部で写真撮影の技術を身につけた。今回発表された「Neon Calligraphy」のシリーズも、おそらく下川以外にはなかなか思いつかない作品といえそうだ。

下川は中東諸国で、都市の商店のネオンサインにカメラを向けた。イスラム世界では、書(カリグラフィ)は特別な意味を持っている。書家は神の言葉を可視化する「霊魂の幾何学」を実践する者として尊敬を集めているのだ。商店の屋根や扉にも、アラビア語で書かれた文字が掲げられている。菓子屋には「純粋な長老」、果物屋には「神の力」、携帯電話屋には「ギャラクシー」といった具合だ。それら本来は神聖だったはずの文字が、俗化してネオンサインとして光り輝いている状況が、しっかりと捉えられている。ネオンサインだけでなく、きちんと幾何学的に並んでいる商品や、黒いベールを身につけた通行人の女性など、周囲の様子も丁寧に撮影しており、イスラムの現代社会を思いがけない方向から切り取ったドキュメントとして成立していた。

このシリーズはなかなかよい出来栄えだが、資本主義化が急速に進むイスラム世界には、ほかにも面白い社会現象がたくさんあるはずだ。下川にはぜひアラビア語の読解能力を活かして、多面的な作品を制作していってほしい。なお、本展は大阪ニコンサロンでの展示(7月23日~29日)を経て、銀座ニコンサロンに巡回してきた。

2020/09/23(水)(飯沢耕太郎)

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