artscapeレビュー
向山裕展「回遊者たち」
2020年11月01日号
会期:2020/09/23~2020/10/05
新宿高島屋10階美術画廊[東京都]
海洋生物をはじめ、奇妙な形態と生態を有する生き物たちをモチーフとするユニークな画家の個展。今回は特に「回遊」する生物の絵を中心に展示している。例えば、岩陰に潜むウナギの絵。マリアナ海溝で生まれて日本の河川で育ち、再び出生地に戻って産卵するウナギは、じつはもともと深海魚の一種であったことから、日本の川で一緒に泳いでいるコイやフナとは違う「ワケありな血統やんごとない貴種」だということで、タイトルは《貴人》とした。浜に打ち上げられたソデイカの絵は、暖海に棲むイカが海流に乗って北に流されて打ち上げられたところ。これを「死滅回遊」というそうだが、この行動を平安末期の「補陀落渡海」にたとえて《観想》と題している。タイトルにも哲学的な響きが感じられるのだ。
最新作にはもっと地球規模の作品もある。水平線の彼方に噴煙の立ち上る《沼矛(ぬぼこ)》は、神が矛先で海面を攪拌して大地が生じたという日本神話を、先祖が海底火山の噴煙を天から降りてきた矛に見立てて理解したのではないか、との洞察から描かれた。また、打ち上げられたクジラを描いた《グレート・ジャーニー》は、人類が世界中に広まったのは、こうした座礁したクジラを食料としながら海岸沿いに移動してきたからではないか、との仮説から生まれたもの。おそらく最初は生物の風変わりな形態に魅せられて描き始めたのが、次第に奇妙な生態に関心が移り、近年は地殻変動や人類の移動など地球史にまで視野が広がっている。作家自身も進化しているのだ。ただこのように壮大な構想が、スナップショット的な写実表現でどこまで描き切れるかが問題だが。
2020/09/25(金)(村田真)