artscapeレビュー

笠木絵津子「私の知らない母」

2020年11月01日号

会期:2020/10/08~2020/10/25

コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]

笠木絵津子は昨年、作品集『私の知らない母』(クレオ)を刊行して第29回林忠彦賞を受賞した。今年5月にその受賞記念展が周南市美術博物館で開催される予定だったが、コロナ禍で中止になってしまった。今回、コミュニケーションギャラリーふげん社で開催された個展は、それに代わって開催された展覧会である。

3階のギャラリーと2階の工房スペースでの大型プリント13点による展示には、代表作がほとんどすべて含まれている。朝鮮、台湾、旧満州と一家が移動している間に撮られた写真の中に写っている母の位置に、笠木自身が入れ替わるというコンセプトの本作は、デジタル技術を駆使したコラージュ作品という側面が強調されがちだ。だがそれだけではなく、亡き母に時空を超えてもう一度遇いたいという笠木の強い思いが結実したシリーズでもあり、むしろその見方によっては狂気じみたエモーションが、作品を見るわれわれに強い力で伝わってくるところに、その最大の魅力があるのではないだろうか。

もうひとつ、今回気がついたのは、奈良女子大学大学院で理論物理学を学んだという笠木の経歴が、作品制作のプロセスに投影されているのではないかということだ。デジタル・コラージュという手法を用いることで、物理的な時間・距離を歪め、自由に行き来しようという発想には、どこかアインシュタインの特殊相対性理論を思わせるところがある。物理学者の出自を活かした、新たな作品の展開にも期待したいものだ。

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2020/10/11(日)(飯沢耕太郎)

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