2021年11月15日号
次回12月1日更新予定

artscapeレビュー

2020年11月01日号のレビュー/プレビュー

下川晋平「Neon Calligraphy」

会期:2020/09/23~2020/10/06

銀座ニコンサロン[東京都]

1986年、長野県生まれの下川晋平は、なかなかユニークな経歴の持ち主である。慶應義塾大学文学部でイスラム文化を学び、アラビア語の読み書きができるようになる。その後同大学大学院では現代美術を専攻し、2011~13年には東京綜合写真専門学校の夜間部で写真撮影の技術を身につけた。今回発表された「Neon Calligraphy」のシリーズも、おそらく下川以外にはなかなか思いつかない作品といえそうだ。

下川は中東諸国で、都市の商店のネオンサインにカメラを向けた。イスラム世界では、書(カリグラフィ)は特別な意味を持っている。書家は神の言葉を可視化する「霊魂の幾何学」を実践する者として尊敬を集めているのだ。商店の屋根や扉にも、アラビア語で書かれた文字が掲げられている。菓子屋には「純粋な長老」、果物屋には「神の力」、携帯電話屋には「ギャラクシー」といった具合だ。それら本来は神聖だったはずの文字が、俗化してネオンサインとして光り輝いている状況が、しっかりと捉えられている。ネオンサインだけでなく、きちんと幾何学的に並んでいる商品や、黒いベールを身につけた通行人の女性など、周囲の様子も丁寧に撮影しており、イスラムの現代社会を思いがけない方向から切り取ったドキュメントとして成立していた。

このシリーズはなかなかよい出来栄えだが、資本主義化が急速に進むイスラム世界には、ほかにも面白い社会現象がたくさんあるはずだ。下川にはぜひアラビア語の読解能力を活かして、多面的な作品を制作していってほしい。なお、本展は大阪ニコンサロンでの展示(7月23日~29日)を経て、銀座ニコンサロンに巡回してきた。

2020/09/23(水)(飯沢耕太郎)

KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2020

会期:2020/09/19~2020/10/18

伊藤佑 町家、ほか[京都府]

8回目を迎えた「京都国際写真祭」だが、今年は大きなトラブルに見舞われた。コロナ禍でいつものように4月~5月の開催ができなくなり、9月~10月に延期されたのだ。一部のスポンサーが撤退したことで、資金的にかなり厳しい状況でもあった。だが、逆にやや過剰に膨らみつつあった企画を整理できたことで、すっきりとシェイプアップされた展示が実現していた。スタートしたばかりの頃の、規模は小さいが志の高い写真イヴェントという原点に戻ることができたのではないだろうか。

町家や寺院といった、やや特異な造りの会場をうまく活用した展覧会の企画は、「京都国際写真祭」の最大の特徴だが、今回は下京区の伊藤佑 町家で開催された福島あつしの写真展「弁当 is Ready」と、オランダの女性アーティスト、マリアン・ティーウェンの「Destroyed House」が出色の展示だった。川崎市で10年間、高齢者向けの弁当配達の仕事をしながら撮り続けた福島の作品は、現代日本が抱え込む社会問題に新たな光を当てる力作である。ティーウェンは、取り壊される家から出る廃材や塵芥を部屋の中に積み上げるインスタレーション作品を制作する作家だが、今回は町家の2部屋の内部に、壁、柱、梁、階段などの材料を組み直した空間を新たに構築した。素晴らしい出来栄えで、会期終了後も残しておいてほしいほどだ。

ほかにも、木村伊兵衛写真賞を受賞したばかりの片山真理の個展(嶋臺ギャラリー)、1970年代の京都を撮影したスナップ写真を鴨川べりに野外展示した、甲斐扶佐義の「鴨川逍遥」、昭和の匂いが色濃く漂う出町桝形商店街の人々を撮影し、コラージュ的なポートレートを制作してアーケードに展示した、セネガル出身のオマー・ヴィクター・ディオプの《MASU MASU MASUGATA》など、印象深い展示がたくさんあった。サテライト展の「KG +」の枠での展覧会も、会期変更にもかかわらず60会場以上で開催されて活気を呈していた。外国から訪れる観客が少なくなったのは残念だが、イヴェントとしては成功だったのではないだろうか。

公式サイト: http://www.kyotographie.jp/

2020/09/24(木)(飯沢耕太郎)

artscapeレビュー /relation/e_00052695.json s 10165258

関本幸治「光をまげてやる」

会期:2020/09/09~2020/09/27

京都場KYOTOba[京都府]

京都国際写真祭の「KG+2020」の枠で、関本幸治の展覧会を見ることができた。なかなかユニークな写真を使った展示である。関本は1969年に神戸市に生まれ、1994年に愛知県立芸術大学大学院を修了後、96年に渡独して2003年までケルンに滞在した。帰国後は2009年に東京から横浜に移って制作活動を続けている。

一言でいえば、関本の作品は現代版の「活人画」(タブロー・ヴィヴァン)といえるだろう。「活人画」というのはそれらしい衣装を身につけ、メーキャップを施した演者が、静止して、物語の中の一場面のポーズをとる見世物である。関本は人間の代わりに人形を用いる。紙粘土などで、等身大よりもやや小さめの精巧な人形を制作し、衣装も自分で縫い、背景を描き、小道具を揃え、ジオラマ風の舞台をしつらえる。最終的には、それを写真撮影して作品として提示するのだ。今回は展示会場の京都場に、「正義の女神」を表象する「Lady Justice」を制作したセットが、写真作品とともにそのまま再現されていた。

テクニックは完璧であり、写真も実際の場面を撮影したのではないかと疑ってしまうほどの臨場感がある。とても面白い試みだと思うが、関本がなぜその場面に固執しているのかという理由づけが、うまく伝わってこないもどかしさも感じた。最終的に、一枚の写真に集約するのではなく、テキストと写真とを融合させて、複数の場面から成る長編の「物語」を編み上げるというのはどうだろうか。可能性を感じる仕事なので、さらなる展開を期待したい。

2020/09/24(木)(飯沢耕太郎)

向山裕展「回遊者たち」

会期:2020/09/23~2020/10/05

新宿高島屋10階美術画廊[東京都]

海洋生物をはじめ、奇妙な形態と生態を有する生き物たちをモチーフとするユニークな画家の個展。今回は特に「回遊」する生物の絵を中心に展示している。例えば、岩陰に潜むウナギの絵。マリアナ海溝で生まれて日本の河川で育ち、再び出生地に戻って産卵するウナギは、じつはもともと深海魚の一種であったことから、日本の川で一緒に泳いでいるコイやフナとは違う「ワケありな血統やんごとない貴種」だということで、タイトルは《貴人》とした。浜に打ち上げられたソデイカの絵は、暖海に棲むイカが海流に乗って北に流されて打ち上げられたところ。これを「死滅回遊」というそうだが、この行動を平安末期の「補陀落渡海」にたとえて《観想》と題している。タイトルにも哲学的な響きが感じられるのだ。

最新作にはもっと地球規模の作品もある。水平線の彼方に噴煙の立ち上る《沼矛(ぬぼこ)》は、神が矛先で海面を攪拌して大地が生じたという日本神話を、先祖が海底火山の噴煙を天から降りてきた矛に見立てて理解したのではないか、との洞察から描かれた。また、打ち上げられたクジラを描いた《グレート・ジャーニー》は、人類が世界中に広まったのは、こうした座礁したクジラを食料としながら海岸沿いに移動してきたからではないか、との仮説から生まれたもの。おそらく最初は生物の風変わりな形態に魅せられて描き始めたのが、次第に奇妙な生態に関心が移り、近年は地殻変動や人類の移動など地球史にまで視野が広がっている。作家自身も進化しているのだ。ただこのように壮大な構想が、スナップショット的な写実表現でどこまで描き切れるかが問題だが。

2020/09/25(金)(村田真)

内藤コレクション展III「写本彩飾の精華 天に捧ぐ歌、神の理」

会期:2020/09/08~2020/10/18

国立西洋美術館[東京都]

医学者の内藤裕史氏が国立西洋美術館に寄贈した彩飾写本を公開するもの。3回目となる今回は、音符や歌詞の書かれた聖歌集や、信仰や生活などの法文を所収した教会法令集を中心とする展示。これまで2回は聖書や祈祷書が多かったが、聖歌集はおそらく教会で複数の歌い手が参照したため大判のリーフが多い。リーフとは紙葉のことで、中世の写本は1冊丸ごとだととても高価になるため、ページをばらしてリーフで売買されることが多いのだ。また、本のかたちで展示すると各ページを見られないが、リーフなら1枚ごとに絵として鑑賞できる利点もある。って前にも書いたっけ?

聖歌集や法令集の見どころは、装飾頭文字や余白に施された美しい彩色のほか、現在とは少し違う音符や、欄外にびっしり書かれた注釈だ。五線譜はまだ4本しかなく、オタマジャクシは四角くてしっぽがないため、リズミックな抽象画にも見える。また、欄外に書かれた注釈を見ると、本は生きていたことを実感する。なにが書かれているのかわからないけれど、このような注釈の入った写本が原本となり、注釈を採り入れて新たな写本が生まれる可能性があるからだ。こうして本は少しずつ変化を加えながら生きながらえ、着々と進化してきたことを思うと、グーテンベルク以降の印刷本がいささか頼りなく思えてくる。

「なお、本展の出品作の中には、長沼昭夫氏より西洋美術振興財団へご寄付いただいた基金で購入したリーフも含まれます」とチラシにある。要するにコレクションを美術館へ寄贈することを前提に、長沼氏が内藤氏の購入活動に資金援助をしたというのだ。これはいい話だなあ。ぼくも他人の金で作品を買ってみたい。ちなみに、長沼氏の基金で購入したリーフは心なしか大きめで、色彩も鮮やかなものが多いように見受けられたのは、貧乏人のひがみだろうか。

関連レビュー

内藤コレクション展II「中世からルネサンスの写本 祈りと絵」|村田真:artscapeレビュー(2020年09月01日号)

2020/09/26(土)(村田真)

2020年11月01日号の
artscapeレビュー

文字の大きさ