artscapeレビュー
野口靖子『台湾 2017-2020』
2020年11月01日号
発行所:VACUUME PRESS
発行日:2020/11/01
野口靖子は1973年、大阪生まれ。阿部淳、山田省吾とVACUUME PRESSを運営しており、これまで同出版社から『桜人』(2008)、『青空の月』(2013)の2冊の写真集を刊行してきた。3冊目にあたる本書『台湾2017-2020』をひもとくと、野口が写真家として力をつけ、魅力的なスナップショットの撮り手になってきたことがよくわかる。
2017-2020年に、台湾を何度も訪れて撮影した写真70点余りを集成した写真集だが、6×6判のフォーマットのカメラを巧みに使いこなして、路上の光景を鮮やかに切り取っている。何といっても、南の国に特有の、ねっとりと湿り気と熱気を帯びた空気感が、画面の隅々から伝わってくるのがいい。カメラと野口のからだとが一体化して、泳ぐように街をさまよっている様子が、的確な被写体との距離感で定着されていて、記憶の織目がゆるやかに解きほぐされていくような、心地よい気分を味わうことができた。
ただ、モノクロームでよかったのだろうか、という疑問は残る。視覚だけでなく、五感すべてを刺激する台湾の光景を白黒で描写すると、抽象度が増して、2017-2020年に撮影したという現在性が薄れてしまう。東松照明は、1972-73年に沖縄をモノクロームで撮影した後、写真集『太陽の鉛筆』(毎日新聞社、1975)の後半部分におさめた「東南アジア編」を開始するにあたって、カラー・ポジフィルムを使い始めた。台湾やフィリピンやインドネシアの「原色の街」を撮るのは、モノクロームではむずかしいと判断したということだ。無理強いするつもりはないが、野口の『台湾』の写真を見ていると、「色」がほしくなってくる。
2020/10/21(水)(飯沢耕太郎)