artscapeレビュー
西洋の木版画 500年の物語
2020年11月01日号
会期:2020/09/26~2020/11/23
町田市立国際版画美術館[東京都]
木版画なんて原理は簡単だから紀元前からあるのかと思ったら、意外と歴史は浅く、中国では7-8世紀の唐の時代から、西洋ではもっと遅くて14世紀末から始まったという。でも同じ印をいくつもつけられるハンコみたいなものは、それこそ文字が発明される以前からあったらしい。印にしろ版画にしろ、問題はどこに「かたち」を移す(写す)かだ。その最良の答えが「紙」だった。中国で蔡倫が紙を発明したのは2世紀だが(それ以前から紙みたいなものはあったらしく、それを実用的に改良したのが蔡倫といわれている)、それが西洋に伝わったのは千年以上あとの12-13世紀。その紙のあとを追うように木版画も伝わったってわけ。ついでにいうと、15世紀には活版印刷が始まるから、紙が視覚メディアの発展を大きく促したことは間違いない。
同展では、初期のころの素朴な木版画から、現代のミンモ・パラディーノやアンゼルム・キーファーらによるタブロー並みの巨大木版画まで、コレクションを中心に計83点の出品。なかでも興味深いのは、最初に展示されていた『貧者の聖書』の1ページで、1枚の版木に絵と文字を一緒に彫り込んで刷った木版本。文字も絵も稚拙だが、手で彩色されるなど労力が込められている。制作年代は1440年以降なので、グーテンベルクが活版印刷を発明する直前だろう。シェーデルの『年代記』は、600ページを超す活版印刷に木版画の挿絵1809図がついた、いわゆるクロニクル。現代の写真入りのクロニクルよりよっぽど豪勢だ。木版画と活字はどちらも凸版なので相性がよく、初期のころの活版印刷には木版画の挿絵が使われたが、やがてより細密な銅版画や、より簡便なリトグラフの登場で木版画は廃れていく。
だがその前に、木版画の頂点をきわめたデューラーの前で立ち止まってみたい。「黙示録」と「小受難伝」シリーズから4点ずつの出品だが、その精緻な線描は人間ワザとは思えない。だからといってコンピュータなら描けるかといえば、機械では絶対に出せない力と味をひしひしと感じるのだ。この時代、画家は下絵を描くだけで彫るのは職人に任せることが多かったが、デューラーは「黙示録」については企画・制作・版元のすべてを担い、彫りにも関わった可能性があるという。レオナルドやミケランジェロと同世代だが、同じ天才でも時空を飛ばして北斎と比較してみたい誘惑に駆られる。
2020/10/14(水)(村田真)