artscapeレビュー

髙橋健太郎『A RED HAT』

2020年12月15日号

発行所:赤々舎

発行日:2020/9/20

髙橋健太郎は1989年、横浜市生まれのドキュメンタリー写真家。1941年に旭川師範学校の美術部に属していた菱谷良一(当時19歳)と松本五郎(当時20歳)が、共産主義運動に呼応した制作活動を行なったという嫌疑で特別高等警察によって検挙されたという「生活図画事件」をテーマとする本作「A RED HAT」は、昨年(2019年)9月~10月に銀座ニコンサロンで展示され、同年度の東川賞特別作家賞も受賞している。本来なら、写真展にあわせて本書『A RED HAT』が出版される予定だったが、刊行が遅れに遅れ、ようやく手にすることができた。

髙橋は2017年の「テロ等準備罪」(いわゆる共謀罪)の国会通過をきっかけとして、戦前の治安維持法による取り締まりの実態について調べ始め、「生活図画事件」に行き着いた。その当事者の二人がまだ存命なのを知り、北海道・旭川と音更町の彼らの自宅を訪ねて丹念な取材を開始した。さらに長年にわたって「生活図画事件」の聞き取り調査を行なってきた宮田汎も取材する。彼らの写真、証言、当時の記録資料などを1冊にまとめたのが本書である。

髙橋は、菱谷、松本、宮田の暮らしのあり方、東京での国会請願行動などの写真を、ジャーナリスティックなセンセーショナリズムを注意深く排除し、節度と距離感を保って撮影した。80年近く前の事件が彼らに及ぼした傷痕を、事物のディテールを丁寧に描写することで静かに開示していく写真には説得力があり、写真集のタイトルの元になった、松本が釈放後に一気に描いたという妹の赤い帽子をかぶった自画像など、鍵になるイメージが的確に配置されている。ただ、あまり大きくない判型の本に、写真ページとかなり詳細な文章ページを同居させるのは、やや無理があるように見える。写真篇と資料篇を分冊にする選択肢もあったかもしれない。

2020/11/16(月)(飯沢耕太郎)

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