artscapeレビュー

キリコ「school goods」

2021年04月15日号

会期:2021/03/06~2021/04/09

ギャラリーヤマキファインアート[兵庫県]

ニートになった元夫との日々、祖母の介護、妊娠など、家族や家庭内での私的な経験や自身が抱いた葛藤を見つめ、家族という関係性や親密圏におけるコミュニケーションについて、写真や映像というメディアが持つ距離を介在させて主題化してきたキリコ。前作《mother capture》では、「窓辺の室内で授乳中の女性」を背面から撮影した映像から切り出したキャプチャ画面を写真作品として提示。「母子の親密な身体的コミュニケーション」から、親密さの核となる慈愛に満ちた表情や眼差しを覆い隠し、「母子像」「窓辺の女性像」という女性表象を後ろ姿として反転させる。それは、(不妊治療中である自身が抱く)疎外感と憧憬という複雑で私的な感情とともに、聖母子をはじめとする絵画史上の女性表象への批評性や、孤独さの強調、家庭領域への隔離、授乳スペースの整備など社会的サポートの不十分さといった問いを投げかける。

出産を経て発表された本展「school goods」では、自身の娘が通う幼稚園から「おけいこバッグ」「上履きを入れる巾着袋」などさまざまな「手作りの布小物」を通園用に用意するように指示されたことに対する違和感や疑問が制作の動機となっている。台座に整然と並べられているのは、作家自身が娘のために手作りしたものと同じ型でつくった、手さげバッグ、巾着袋、小物ケース、タオル、スモック、布団カバーなどだ。ただしそれらは、「愛情を込めた手作りの証」である動物やお花のアップリケ、刺繍やリボンなどの装飾、ネームタグがなく、カラフルな色や柄の布の代わりにただの白い布地でつくられている。また、「印象化石」と題された作品群では、1980年代から2010年代までの手芸雑誌をお手本にして手さげバッグや巾着袋をつくり、石膏で型取りしたものを黒縁の標本箱に収めている。約40年前からほとんど変わらない「手作りの布小物」が、「化石」すなわち時間が凍結された太古の遺物として提示される。その「変わらない形」は、時間が止まったかのように「変わらない社会構造」そのものの象徴でもある。戦後以降の主婦向け雑誌や手芸雑誌の誌面をコラージュし、「集合的な声」として可視化する作品は、「個人の問題」ではなく、社会全体が構造的にそうなっていることを示す。



会場風景




会場風景


ここでまず問われているのは、「時間と手間をかけた手作りこそ愛情の証であり、母親(妻)の当然の義務である」とする社会に浸透した価値観である(「通園グッズ」に限らず、「料理」「お弁当」も同様だ)。キリコの作品は、手作りの布小物からアップリケや刺繍といった一切の装飾を剥ぎ取り、無機質な白い物体として還元することで、「愛情」「母性」を自然なものとして自明視する社会的なジェンダー規範に疑問を突きつける。ここで想起されるのは、キッチンやリビングの家電製品や家具、ベッドを無機質な金属でつくり替え、作業音のノイズが響く「工場」「作業現場」として提示するモナ・ハトゥムのインスタレーション《Homebound》である。家庭内で女性たちが従事する家事や育児、ケアを「愛情」「母性」といった美辞麗句で覆って本質を隠すのではなく、それらを徹底して剥ぎ取ることで、再生産労働を「労働」として捉えるよう、見る者は促される。

また、各年代の手芸雑誌の図版をコラージュした作品と並置されることで、「白」という色が持つもうひとつの意味が浮かび上がる。コラージュ作品では、誌面から切り取られた手さげや巾着の写真が、青や水色、黄色、ピンクや赤といった色のグラデーションで並べられている。時代は変わっても、「男の子向け」のデザインは青や水色の布にクルマ、ロケット、恐竜、サッカーボールなどのモチーフが配され、「女の子向け」のデザインはピンクや赤の布にウサギやネコ、花、リボンなどのモチーフが配されている。装飾を欠いた「真っ白の布小物」は、母親の家庭内労働に加え、子ども時代から身の回りの品々を通してすでに醸成されるジェンダー規定を批評的に漂白する。

さらに興味深いのが、「mother’s murmur」と題された作品群だ。同様に白地で縫われた布小物をよく見ると、「わたしのじかんはどこ?」「ひとりでゆっくりたべたい」「My body is for my daughter」といった言葉が白い糸で刺繍されている。その心の声は、じつは蓄光の糸で刺繍されており、光の当たる明るい場所では布の表面にほぼ同化して見えにくいが、「陰」「暗闇」の中でのみぼんやりと浮かび上がる。そこでは、「白」という色が、「作者」が不在の手工芸の領域を「無名」の匿名的な母親たちが担ってきたことを示すとともに、「光」という要素によって、家事や育児、ケアといった「シャドウワーク」について示唆する。表には見えにくい「シャドウワーク」を担う母親の呟きに、文字通り「光を当てる」ことで、その声はかき消されてしまう。光の当たらない陰や暗闇の中でしか、そのかすかな声は聞こえない。だが、声は確かにそこに存在しているのだ。

なお本展は、東京の「Roonee 247 fine arts」での巡回が6月22日(火)〜7月4日(日)に予定されている。



会場風景


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