artscapeレビュー

ウンゲツィーファ『一角の角(すみ)』

2020年08月01日号

会期:2020/07/15~2020/07/19

吉祥寺シアター[東京都]

『一角の角』(作・演出:本橋龍)はウンゲツィーファによる「連ドラ演劇」。新型コロナウイルスの影響で休館していた吉祥寺シアターの再開後、最初の企画として7月15日から19日まで1日1シーンずつ制作、その成果を毎日20時からライブ配信したものだ。

劇場に観客を入れないという条件を逆手に取り、吉祥寺シアターのさまざまな場所に配置された舞台美術が劇場内部に「街」をつくり出す。俳優たち自ら撮影者となりひとつのカメラを手渡していくことで、1日1カット1シーンの映像作品は紡がれていく(映像:和久井幸一)。登場するのはコウモリ(豊島晴香)、タヌキ(畦道きてれつ)、イヌ(石指拓朗)、ネコ(近藤強、黒澤多生、星美里)、ハト(松井文)、そしてヒト(西留翼)。各話の冒頭とラストには宇宙人(?)らしきものも映し出され、1カットのなかにさまざまな生物の視点が混在する。それは自らとは異なる複数の視点から世界を捉え直す試みであり、そうできたらいいのにという願いのようでもある。他者の視点は誰か/何かを「演じる」ために必要な能力でもあるだろう。

[撮影:上原愛]

[撮影:上原愛]

劇場のなかに出現した、動物たちの生きる「街」。それを構成する舞台美術は作品参加メンバーが持ち寄ったモノらしい。劇場に「外」が持ち込まれ、内と外とが反転する。劇場は宇宙の缶詰か。しかし考えてみれば「街」も「劇場」もヒトの設けた勝手な区分に過ぎない。動物たちは「森」と同じように「街」や「劇場」にテリトリーを広げもするだろう。ヒトにとって舞台の上はどこにでもな(れ)る空間だが、動物にとってのそこはほかの空間とことさらに区別されるような場所ではない。棲みやすさの程度の差だけがそこにはあり、ある種の動物にとって劇場は比較的棲みやすい場所ですらあるかもしれない。だから、ヒトがいなくなった後の劇場に動物が棲みつくというのは十分にあり得る話だ。『一角の角』で映し出される吉祥寺シアターはヒト不在の劇場の、現実にあり得る姿なのだ。

[撮影:上原愛]

『一角の角』の配信と同じ時期、無観客の劇場そのものを「舞台」とした上演の映像がほかにもいくつか配信されていた。それらを観た私が改めて感じたのは劇場という場所の特別さと、そこで演劇ができる/観られることへの悦びや感謝だった。『一角の角』の感触はそれらと異なっている。この作品でもっとも長く映し出されるのは劇場のロビーだ。舞台や客席といった劇場らしい場所は僅かな時間しか映し出されない。『一角の角』は劇場を劇場という機能を持つ場所としてではなく、単にそのようなかたちの、あるいは劇場としての機能を失ってしまった空間として映し出しているようですらある。今回のコロナ禍で多くの演劇関係者は劇場という場所の抱える脆弱性を痛感することになった。だが、そもそもウンゲツィーファ/本橋はこれまでもほとんどの作品をギャラリーや自宅などの非劇場空間で上演してきたのだった。だから、たとえすべての「劇場」という場所がなくなってしまったとしても、「劇場」に集まるという演劇の「かたち」が失われてしまったとしても「野生の演劇」は強かに生き残るだろう。

『一角の角』は和久井による編集と映像の追加を経た有料版が8月7日から配信される予定だ。

[撮影:上原愛]

[撮影:上原愛]

公式サイト:https://ungeziefer.site/


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