artscapeレビュー

北野謙「未来の他者/密やかなる腕」

2021年10月01日号

会期:2021/08/17~2021/08/31

MEM[東京都]

たまたま美術館で北野謙の作品「our face」を見た産婦人科医が、「赤ちゃんをテーマにした作品を作ることに興味はありますか?」と申し出たことから、「未来の他者」のシリーズの構想が形をとった。この世に生まれたばかりの赤ちゃんを撮影するのは、北野にとって、あらためて命の不思議さを考えるきっかけとなった。やがて、生後2〜6カ月ほどの赤ちゃんたちの姿を、大判のカラー印画紙を使ってフォトグラムで定着する作品が、コンスタントにでき上がってくるようになる。発想と手法の融合が、とてもうまくいったシリーズといえるだろう。

既に2019年の東京都写真美術館でのグループ展「イメージの洞窟:意識の源を探る」でも発表されたことのある「未来の他者」シリーズに加えて、今回の個展には新作の「密やかなる腕」が出品された。こちらは2020年前半のコロナ禍による緊急事態宣言の時期に撮影した、家族(「86歳の母、妻、大学生の娘と私」)や日常の写真がベースになっている。それらを、家族一人ひとりの腕を型取りして固めたセメントに、プリントし、コラージュした。北野がこのような「オブジェ」としての作品を発表するのは初めてだと思う。写真家の仕事としてはやや異例だが、緊急事態宣言下の日々のリアリティを、そのような形で残しておきたいという気持ちがよく伝わってきた。いくつかの試行錯誤を経て、北野の作品世界はより柔軟に拡張しつつある。次の展開も期待できそうだ。

2021/08/26(木)(飯沢耕太郎)

2021年10月01日号の
artscapeレビュー