2021年10月15日号
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artscapeレビュー

コトリ会議『スーパーポチ』

2021年10月01日号

会期:2021/09/23~2021/09/27

こまばアゴラ劇場[東京都]

とぼけた演技と少し不思議な物語の背後に死の気配が充満し、時おり立ち上がる濃厚なエロスが生きることの滑稽と悲哀に触れる。コトリ会議のユニークな魅力はその飄々とした底知れなさにある。

実家で飼っていた犬・スーパーポチ(以下ポチ、吉田凪詐)が亡くなり、菫(三ヶ日晩)は恋人の登(まえかつと)とともに帰省する。兄の洋(山本正典)は妻の直生(花屋敷鴨)と戻ることのない旅に出るのだと自らの死を匂わせ、菫に実家を託そうとするが──。

作・演出の山本正典は当日パンフレットに「実家に帰りたいのですが、帰れないので、お芝居の中で帰省することにしました」と書いている。なるほど、菫は劇団をやっていて、去年は金沢でも公演をしたらしい。その経歴は確かにコトリ会議と、そして山本と重なっている。作中では語られない菫の名字も台本には山本だとはっきり記されてさえある。面白いのは、山本自身は劇中では実家に残った(そしてこれから出て行こうとしている)兄・洋を演じているという点だ。


[撮影:山口真由子]


『スーパーポチ』は一人一役を基本としながら、ときにひとりの俳優が複数の役を兼ね、あるいはある人物が別の人物と重ね合わせて描かれる。たとえば、ポチはぬいぐるみの体で舞台上に登場するのだが、それを操る吉田もまた、なぜか犬の着ぐるみを着ており、舞台上のポチはつねに二つの体を持った存在としてそこにいることになる。しかも、ポチの鳴き声は吉田によって演じられるのだが、人の言葉を話す場面に限っては、なぜかその声は直生役の花屋敷によって演じられるのだ。さらに、洋はかつて、ポチに自分の魂を乗り移らせるための魂継ぎの儀式(=首吊り)を試みたことがあったのだという。そのせいかどうか、ポチから受け取ったアンテナ(?)を装着した登は洋の記憶を語り出したりもする。直生はまた、登の自殺した母に似ているらしく、登は「お母さんて呼んでいい」などと言い出す。


[撮影:山口真由子]


かつての菫の担任であり現在も山本家に相談と称して入り浸る堂下先生(原竹志)も、最初は堂下先生に似たポチの葬儀の式場の人として登場し、その存在は最初から二重化されている。台本には一場面だけ堂下家での出来事が記された箇所があるのだが、堂下の妻と思われる女を花屋敷が、娘を三ヶ日が演じているため、観客である私にはそれはほとんど山本家の出来事のように見える。「名前を呼んで」と言う娘に堂下が答えないのだからなおさらだ。菫にキス以上のことをしたことがあるという堂下(=原)が菫(=三ヶ日)と親子を演じるこの場面は、二人の関係に一層の不穏さを付け加える。

こうして場面が積み重なり、エピソードが語られていくほどに、人物の輪郭は溶け出していく。洋と直生、直生と登、登と菫、菫と堂下。作中にはしばしば性行為、あるいはそれを思わせるエロティックな場面が挿入されるが、数珠のように連なり誰との行為であるかも不分明なそれは、どこか底の知れない、ほとんど恐怖と紙一重のエロスを立ち上らせるものとなる。

一体これは何なのだろうか。菫が帰省し、そして再び実家を出ようとするところまでを描いた『スーパーポチ』に物語的な展開は乏しい。堂下と菫との関係とも言えぬ関係が清算され、菫と洋とが和解する、その程度のものだ。個々のエピソードは互いのつながりがはっきりしないものも多い。積み重なるエピソードは人物の輪郭を溶かし、ただそれだけのために語られているかのようですらある。


[撮影:山口真由子]


[撮影:山口真由子]


ところで、死んでしまったポチは自ら「菫ちゃんの友達で バトミントン部のライバルで 赤ペン先生で ぬいぐるみで 地元の武将で ピアノで フィアンセで 弟で お姉ちゃんで 軍曹で 彼氏で 彼女で 憧れの先輩で コンクリートで 星の使いで 悪魔で うなぎで しらみ持ちで 残飯処理係で 相談相手で けんか相手で 一生大好き同士のスーパーポチだよ」と名乗る。菫とポチとの仲の良さを示す微笑ましいセリフはしかし、同時にポチがこの世界のあらゆるすべて、森羅万象に等しい存在であることをも示している、と言ったら言い過ぎだろうか。ポチは世界に遍在している。

菫は自らも旅に出る決意をすることで、兄夫婦が旅に出ることをようやく受け入れられるようになる。「私は北海道行くね」という菫に対してうっかり「じゃあ俺富士山行くよ」と言ってしまった洋からは死の気配は薄れている。洋の言うように「どっちも旅出たらどっかで会うかもしれない」が、しかしもちろん会わないかもしれない。それはつまり、別れがいつでも互いにとって永遠の別れであり得るということに向き合い、それを受け入れることだ。出会い、交じり合い、別れ、そうして菫たちもまた世界に遍在しながら生きていくのだろう。


[撮影:山口真由子]


[撮影:山口真由子]



コトリ会議:http://kotorikaigi.com/

2021/09/25(土)(山﨑健太)

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