2021年10月15日号
次回11月1日更新予定

artscapeレビュー

2021年10月01日号のレビュー/プレビュー

The Still Point─まわる世界の静止点

会期:2021/08/06~2021/09/05

kudan house[東京都]

靖国神社からほど近い場所に建つ九段ハウス(kudan house)は、「旧山口萬吉邸をリノベーションした会員制のビジネスイノベーション拠点」。リノベとイノベが韻を踏んでるね。1927年に竣工して1世紀近い歴史を誇るこの登録有形文化財で現代美術展を開こうということだ。主催はアートのある暮らしを提案するCCCアートラボ、キュレーションは銀座蔦屋のギャラリーTHE CLUBのマネージングディレクターを務める山下有佳子氏。タイトルの「The Still Point」はエリオットの詩から引いたもので、コロナ禍で停止してしまったかのような「時間」について考えようということらしい。内外20人ほどの作品が地下も含めた3フロアに点在している。

まず1階には、ルチオ・フォンタナやサム・フランシスら巨匠の絵画が展示されているが、作品はともかく、こんな立派なお屋敷でお披露目するというのに、ただ壁にかけるだけではもったいないでしょ。階段下にはダニエル・ビュレンのストライプ絵画が立てかけてあったが、こういう展示のほうが目を引く(紅白のストライプ自体も目を引くが)。2階は名和晃平、菅木志雄らの立体が1部屋ごとに置かれているが、ここも展示に芸がない。趣向の異なる0号のキャンバスを5点並べた猪瀬直哉の絵画は、作品として唯一おもしろいと思った。地下には河原温の絵葉書、杉本博司の「劇場」シリーズ、宮島達男の鏡の数字などが展示されていて、そういえば「時間」をテーマにした展覧会であることを思い出した。まあテーマなんてどうでもいいけど。



ダニエル・ビュレンのストライプ絵画[筆者撮影]


繰り返せば、せっかく登録有形文化財の貴重な建物を借りているのに、壁に絵をかけたり床に彫刻を置いたりするだけではギャラリーと変わらない。おそらく歴史的建造物だけに「あれしちゃダメ、これしちゃダメ」と制約が多いのだろうけど、どうせやるならこの空間でしか実現できないような思い切ったインスタレーションを見せてほしかった。と思って配布されたマップをもういちど見たら、「一部を除き、作品は全て販売しております」と書いてある。あ、売り物なのね。展覧会場というよりショウルームと捉えるべきか。それなら納得。

庭に出ると、建築の焼け跡みたいな黒焦げの木材による構造物が建っている。これは「パビリオン・トウキョウ2021」の出品作品のひとつ、石上純也の《木陰雲》だ。関東大震災後に建てられ、第2次大戦の戦火をくぐり抜けてきた九段ハウスの庭に、焼け焦げて骨組みしか残らなかったみたいな建造物を建てるとは、なんと大胆な発想か。こちらは屋外だけに、まさにこの場所ならではのサイトスペシフィックなインスタレーションが実現できている。でもよく見ると、庭に直接柱を立てず、石を積んだ上に立てたり、屋根の部分もできるだけ樹木に触れないように木材を組むなど、涙ぐましい努力の跡がうかがえる。どちらもオリンピック・パラリンピックの会期に合わせた展覧会だが、オリパラが終わってからもこういう企画は続けてほしい。



石上純也《木陰雲》[筆者撮影]


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2021/08/21(土)(村田真)

会田誠「愛国が止まらない」

会期:2021/07/07~2021/08/28

ミヅマアートギャラリー[東京都]

作品は大きく分けて3つ。まず目に飛び込んでくるのは、天井から吊り下げられた巨大な日本兵のハリボテ。それを取り囲むように壁に並べられた40-50点におよぶ「梅干し」シリーズ。そして、別室の「北東アジア漬物選手権の日本代表にして最下位となった糠漬けからの抗議文」。一見なんの脈絡もない、という以前になんのことやらわからない3作品だが、これらを結びつけるのが「愛国」だ。

ハリボテの日本兵は「MONUMENT FOR NOTHING」シリーズの5作目で、2年前に兵庫県立美術館の「Oh!マツリ☆ゴト 昭和・平成のヒーロー&ピーポー」で公開された大作。痩せこけた日本兵の亡霊が国会議事堂らしき建物のてっぺんに人差し指を置いている。第2次大戦で戦死した230万もの日本兵の大半は、軍の無策によって戦う前に餓死、病死、自殺など無駄死にしたという吉田裕著『日本軍兵士』(中公新書、2017)に触発されてつくったもの。ミケランジェロの天井画《アダムの創造》もピンポイント引用している。この兵士、どんな気持ちで議事堂に手を伸ばしているのだろう。



会田誠「MONUMENT FOR NOTHING」[筆者撮影]


白地に赤い梅干しの絵は、もちろん日の丸を連想させる。そういえば1993年に銀座で「ザ・ギンブラート」展をやったとき、会田が路上で売っていた《方解末と辰砂》という小品を買ったことを思い出した。小さな桐箱に敷いた白い方解末の上に赤い辰砂の粒を載せた日の丸弁当仕立ての絵画で、内容も形式も100パーセント日本画という代物。いまやわが家の家宝だが、「梅干し」シリーズもその延長線上にある。だがそれだけでなく、高橋由一の《豆腐》も念頭に置いて制作したという。《豆腐》はまな板の上に豆腐、焼き豆腐、油揚げを無造作に置いただけの貧乏くさい油絵だが、その貧乏くささが日本の近代美術の出発を象徴しており、梅干しと通じるところがある。もうひとつ指摘すれば、梅干しの描き方が日本独自の受験絵画の筆づかいであること。もともと会田の描画技法は受験絵画の延長といえるが、ここでは特にそれを強調しているように見える。

「北東アジア漬物選手権の日本代表にして最下位となった糠漬けからの抗議文」は昨年、中国、韓国、北朝鮮、日本の4カ国のアーティストが参加するグループ展のために制作したが、コロナ禍のため延期となり、ここに出品することになったという。正面には漬物選手権の表彰台の写真が掲げられ、中央の1位の座にキムチ(韓国・北朝鮮)が鎮座し、2位にザーサイ(中国)、3位に糠漬け(日本)が収まっている。その手前のパネルにはハングル、中国語、日本語によるコメントが載っているが、日本語のコメントは最下位に沈んだ糠漬けの言い訳と抗議に終始していて見苦しい。

これらの作品が、ストレートではないものの愛国心に満ちていることは間違いない。なにしろ日本は会田にとって尽きせぬネタの源泉なのだから、愛さずにはいられないはず。そういえば、タイトルの「愛国が止まらない」はWinkの「愛が止まらない」に由来すると思われるが、Winkのひとりも「あいだ」じゃなかったっけ。

2021/08/21(土)(村田真)

ポコラート世界展 偶然と、必然と、

会期:2021/07/16~2021/09/05

アーツ千代田 3331 1階メインギャラリー[東京都]

3331の開館以来、障害者の芸術活動を支援してきたポコラート事業の10周年を記念する展覧会。これまで9回の全国公募を実施し、計11,490点が出展されたが、今回はこの国内公募を含む計22カ国からの50人による約240点が出品されている。ややこしいのは「障害者の芸術活動を支援」といいながら、作品は障害の有無を問わないこと。それだけでなく「美術」という枠組みさえ飛び越えていること。そういうと、ピンからキリまでなんでもありのグチャグチャな展覧会を想像するかもしれないが、見事なまでにアンビリーバボーな作品が揃っている。たまに障害のなさそうな人の作品もあるが、それらはよくできているけれど明らかにインパクトが違うし、比べようがないほど評価基準が異なっている。その意味では確かに「美術」の枠組みを超えている。

作品の半数くらいはこれまでにも「アール・ブリュット展」などで見たことがあるが、何度見ても呆れるほど感心してしまうところが現代美術との大きな違いかもしれない。誤解を恐れずにいえば「ホンモノ」なのだ。例えば、ポーランドのトマシュ・マフチンスキは時代、男女、年齢、職業を問わずさまざまな人物になりきってセルフポートレートを撮る。なんだ森村泰昌と同じじゃんと思われるかもしれないが、森村より20年も早くから撮り始め、すでに2万2千枚に達したという。1日1枚以上のペースだ。イギリスのカルロ・ケシシアンは、幻覚の延長でノートにびっしりと日記を書いている。異常なのはその密度で、A4サイズ1ページに1万字ほど詰め込み、12時間連続で書くこともある。問題はだれにも読めないこと。

中国の郭鳳怡(ゴウ・フォンイ)は大きな紙に霊媒による素描を即興で描いていく。制作中は本人もなにを描いているかわからないが、描いているうちに神が降臨するように、徐々に精霊の姿が立ち現われてくるという。黒田勝利は、他者から見れば解読不能なコマ割り漫画をカラーペンで描く。ユニークなのは、通常とは逆に結末からストーリーを遡っていくこと、そして、人が殺されるような破滅的なシーンも大笑いしながら描くことだ。古久保憲満はロール紙に道路、鉄道、ビル、遊園地、果てはお店の商品やレストランの料理まで細々と都市風景を描き、これまでに400点ほどになった。

ぼくらはいったい彼らの作品のどこに惹かれるのだろう。受けようとか、売ろうとかしない純粋無垢な無償の行為だからか。でもそれはわれわれがそう思っているだけで、見る者の自己満足かもしれない。だれにも真似できない(しようとも思わない)ユニークな表現だからか。確かに無駄としか思えない悶絶的な細密描写、強迫観念的な同じパターンの繰り返し、常人では考えられない色使いなどは驚異的だ。だが興味深いことに、こうしたユニークな表現は彼らが共通して持っている特性で、われわれから見ればユニークであっても、彼らからすれば「これしかできない」限定的な表現だったりするのだ。考えれば考えるほどわからなくなる。そこが魅力なんだな。

2021/08/22(日)(村田真)

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田凱「取るに足らないくもの力学」

会期:2021/08/19~2021/09/12

コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]

田凱は1984年、中国・河北省生まれの写真家。2014年に日本写真芸術専門学校を卒業し、2018年の第19回写真「1_WALL」でグランプリを受賞した。

その、故郷の石油産業の街を舞台にした叙事詩的な作品「生きてそこにいて」と、今回の「取るに足らないくもの力学」との印象はかなり違っている。以前のような、やや距離を置いて撮影した風景や人物写真は、今回の出品作にはあまりなく、被写体との関係が親密になってきているように感じた。会場構成も、大小の写真27点を撒き散らすように壁にインスタレーションし、より融通無碍なものになっている。直貼りのプリントとフレームに入れた写真を併用しているのも、これまではなかったことだ。日本滞在が長くなってきたことで、日本の写真家たちの「私写真」的な要素を、積極的に取り入れるようになってきたということだろうか。被写体の幅もかなり広く、人物、風景、モノ、植物などが混在している。共通しているのは、「アンバランスのバランス」といえそうな、微かな揺らぎ、微妙な気配を巧みに嗅ぎ当ててシャッターを切っていることで、そのあたりも日本の写真家たちの表現と呼応しているように感じる。

繊細な、いい仕事だとは思うのだが、以前のようなスケールの大きな画面構成が影を潜めているのはちょっと気になる。ことさら「中国人らしさ」を強調する必要はないが、自分の体質は大事にしてほしい。息の長い仕事ができる写真家なので、次は大作を期待したいものだ。

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田凱「生きてそこにいて」 |飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2019年08月01日号)

2021/08/25(水)(飯沢耕太郎)

北野謙「未来の他者/密やかなる腕」

会期:2021/08/17~2021/08/31

MEM[東京都]

たまたま美術館で北野謙の作品「our face」を見た産婦人科医が、「赤ちゃんをテーマにした作品を作ることに興味はありますか?」と申し出たことから、「未来の他者」のシリーズの構想が形をとった。この世に生まれたばかりの赤ちゃんを撮影するのは、北野にとって、あらためて命の不思議さを考えるきっかけとなった。やがて、生後2〜6カ月ほどの赤ちゃんたちの姿を、大判のカラー印画紙を使ってフォトグラムで定着する作品が、コンスタントにでき上がってくるようになる。発想と手法の融合が、とてもうまくいったシリーズといえるだろう。

既に2019年の東京都写真美術館でのグループ展「イメージの洞窟:意識の源を探る」でも発表されたことのある「未来の他者」シリーズに加えて、今回の個展には新作の「密やかなる腕」が出品された。こちらは2020年前半のコロナ禍による緊急事態宣言の時期に撮影した、家族(「86歳の母、妻、大学生の娘と私」)や日常の写真がベースになっている。それらを、家族一人ひとりの腕を型取りして固めたセメントに、プリントし、コラージュした。北野がこのような「オブジェ」としての作品を発表するのは初めてだと思う。写真家の仕事としてはやや異例だが、緊急事態宣言下の日々のリアリティを、そのような形で残しておきたいという気持ちがよく伝わってきた。いくつかの試行錯誤を経て、北野の作品世界はより柔軟に拡張しつつある。次の展開も期待できそうだ。

2021/08/26(木)(飯沢耕太郎)

2021年10月01日号の
artscapeレビュー

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