artscapeレビュー
南三陸311メモリアル
2022年11月01日号
南三陸311メモリアル[宮城県]
リボーンアート・フェスティバルを見に行ったついでに、といったらなんだが、震災・津波の遺構や伝承館などをいくつか見て回った。最初に訪れたのは、石巻市の震災遺構門脇小学校(1)、近くの復興祈念公園内に建てられたみやぎ東日本大震災津波伝承館(2)。そこから北上して、気仙沼市の東日本大震災遺構・伝承館(3)、リアス・アーク美術館(4)。そして帰りに寄ったのが、南三陸311メモリアル(5)だった(正式オープンはぼくが訪れた翌日の10月1日だったので、準備で忙しいなか特別に見せていただいた)。
これら5つの施設を大別すると、被災した小学校や高校の校舎跡をそのまま残した遺構(1、3)、被災状況を文章や映像で伝えるために新たに建てられた施設(2、5)、被災物や記録写真などの常設展示室を設けた美術館(4)となる(1と3の遺構は伝承施設も備えている)。これをメディア別に見ると、遺構や被災物などの「モノ」に語らせる、被災者の証言や記録などの「コトバ」で伝える、写真や映像などの「イメージ」に訴える、の3つに大別できる。南三陸311メモリアルがユニークなのは、これに「アート」を加えたことだ。
311メモリアルでまず目立つのは、地元の杉材を斜めに組んだ鋭角的な建築だ。設計したのは、この地区のグランドデザインを手がけた建築家の隈研吾。館内では南三陸町の被害の実態や町民たちの証言なども紹介しているが、ユニークなのは「メモリアル」と題されたアートゾーンを設けていること。入ると、暗がりのなかから山積みになった無数の箱が浮かび上がってくる。昨年亡くなったアーティスト、クリスチャン・ボルタンスキーの遺作ともいうべきインスタレーションだ。
箱がいくつあるのか、なにが入っているのかわからないが、だれもがこれを見て死を連想するに違いない。ボルタンスキーはこれまでにも子供たちの顔写真や影絵、心臓の鼓動音などを使って生と死を表象してきた。アートによって理不尽な大量死に普遍性を与える──これがナチス政権下のパリに生まれたユダヤ系のフランス人ボルタンスキーの意図であり、それに共感した南三陸の思いでもあるだろう。
館内にはほかにも、写真家の浅田政志が地元の人たちとアイディアを出し合いながらつくり上げた写真が展示され、壁や床には「天災は忘れた頃にやってくる」といった名言が掲げられている。具体的な被災物や住人の証言は重々しく、生々しいが、時とともに風化し、忘れられてしまいがち。だからこそ残しておかなければならないのだが、そこにアートを加えることで普遍性が与えられ、モノやコトバとは違った説得力が生まれるはずだ。
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2022/09/30(金)(村田真)