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金沢泉鏡花フェスティバル2022 泉鏡花記念金沢戯曲大賞公演『水向茶碗 あなたはここにいます』

2022年11月01日号

会期:2022/10/19~2022/10/23

金沢市民芸術村 PIT2ドラマ工房[石川県]

泉鏡花生誕の地である金沢市で5年に一度開催されている金沢泉鏡花フェスティバル。泉鏡花文学賞制定50周年にもあたる今年、フェスティバルの一環として『水向茶碗 あなたはここにいます』が上演された。武石最中による戯曲『水向茶碗』は第6回泉鏡花記念金沢戯曲大賞の受賞作。この賞は「1.泉鏡花の作品に基づく戯曲」「2.泉鏡花の人物像に関する戯曲」「3.金沢を舞台とした戯曲」のいずれかで「上演を前提とした」「上演時間90分以内」の未発表オリジナル作品を対象とした戯曲賞で、第6回は五木寛之、ふじたあさや、鴻上尚史の3人が審査員を担った。『水向茶碗』で描かれるのは鏡花の人生の一幕だ。なお、戯曲はウェブ上で公開されている。以下では結末に触れているので気になる方は先に戯曲を読まれたい。


時は大正9年、鏡花47歳の晩秋。執筆に行き詰まっていた鏡花は師匠である尾崎紅葉の墓参りの帰途、以前から気になっていた時計屋に立ち寄る。そこで出会った時計職人の見習い・槙野と鏡花は時計に対する関心や神経質な一面、そして誕生日が同じことなど互いに通じ合うところを見出し意気投合するが──。

「水向け」とは霊前に水を手向けること。水向茶碗という言葉は一般的に使われているものではないようだが、仏壇に供える水向け用の茶碗を指すものだろう。鏡花の作品ではしばしば現世の人間とこの世ならざるものとの交流が描かれる。本作でもまた、物語の後半において、槙野が実はこの世ならざるものであることが明らかになる。

「君が、生きた人だろうが、あの世の人だろうが、私には何にも障害になんかにならないんだ」と槙野を引き留めようとする鏡花。だが、自らがこの世ならざるものであることを知った槙野は「俺が成仏して、先生も命を全うして、生まれ変わったら、今度こそ切符買って、金沢連れてってくれよ」と鏡花に別れを告げ、「今度会う時の目印」だと鏡花愛用の紙サックを貰い受けると去っていくのだった。

後日譚。ある日、書斎で執筆中の鏡花のもとを蕗子と名乗る見知らぬ幼女が訪れる。鏡花はしぶしぶながら気ままに遊ぶ彼女の相手をするが、ふと気づくとその姿は消え、鏡花の手にはあの紙サックだけが残される。そして近所の荒物屋の孫が亡くなったという知らせが届き──幕。

戯曲としては、物語の中心となるはずの槙野との交流をはじめ、妻・すずや鏡花作品の装丁を担った小村雪岱ら周囲の人物とのやりとりも書きぶりはあっさりしていてやや物足りない。そもそも戯曲自体が短めであり、特に槙野との交流についてはもう少し書き込んでもよかったのではないかと思う。だが、鏡花の描いたこの世ならざるものの世界を鏡花の人生へと折り返すような、あるいは、鏡花の実人生が彼の描いたこの世ならざるものの世界へと裏返るかのような趣向は楽しく、鏡花の作品を経由して鏡花自身を立ち上げるようなこの作品は、鏡花の名を冠した戯曲賞にはふさわしいものだったと言えるだろう。

今回の公演では金沢を拠点に活動する演出家・島貴之(Potluck Theater)が戯曲の構成にいくつかの変更を加えて上演。後日譚にあたる幼女の場面を冒頭にも配置するとともに、戯曲のラストシーンの後に再び冒頭の場面を置くことで全体に円環的な構造を持たせていた。さらに、そこでは本編とは異なる俳優が鏡花を演じており、本編の鏡花はそれを「舞台」の外から眺めている。輪廻転生を演劇的に表わすと同時に、鏡花が生きた現世もまたこの世ならざるもの=虚構なのだと示すような演出は戯曲の本質とも呼応している。いくつかの場面でト書きを読み上げていたことにも同じようなねらいがあったのではないだろうか。世界は言葉によって立ち上げられているのだ。

もう一点、島演出で特徴的だったのは、登場人物のほとんどが基本的に男女の(ように見える)俳優によって二人一役で演じられていたことだ。槙野と蕗子だけが例外的にそれぞれ一人の俳優によって演じられていたことを考えれば、二人一役で演じられていたのは現世を生きる人間だということになる。そう言えば、最後に繰り返される冒頭の場面の登場人物たちもまたそれぞれ一人きりの俳優によって演じられていたのだった。二人の俳優は肉体と魂か、その人物の異なる可能性か。あるいはそこに俳優と役の関係を重ねてみるならば、この世ならざるものと思われた(一人一役の)側こそが現世なのだということにもなるかもしれない。それもまた鏡花的だろう。

男女の(ように見える)俳優の二人一組でひとつの役を演じるという演出は戯曲に書き込まれた(そして現代日本にもしぶとく残り続ける)ジェンダー規範を撹乱する役割も果たす一方、男女のペアこそが「正常」なあり方なのだというステレオタイプを反復強化しているようにも見えたことは少々気になった。また、当日パンフレットに配役表がなく、二人一役が必ずしも固定されたものではないこともあり、戯曲を読んでいない観客には物語を把握することが難しい場面もあっただろう。新作戯曲の戯曲賞受賞記念公演だということを考えると、結末部分が大きく改変されていることを含め、それでよいのかと思う部分もなくはない。だが、全体としては戯曲の本質を引き受けつつ、それを巧みに舞台上に立ち上げる優れた上演となっていた。


『水向茶碗』:https://potlucktheater.com/suikou/
泉鏡花記念金沢戯曲大賞:https://www.city.kanazawa.ishikawa.jp/bungaku/gikyoku.html
金沢泉鏡花フェスティバル2022:https://www.city.kanazawa.ishikawa.jp/bungaku/festival2022.html

2022/10/23(日)(山﨑健太)

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