artscapeレビュー
KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2022
フロレンティナ・ホルツィンガー『TANZ(タンツ)』
松本奈々子、西本健吾/チーム・チープロ『女人四股ダンス』
2022年12月15日号
ロームシアター京都 サウスホール、THEATRE E9 KYOTO[京都府]
「美」という絶対的権威の下に女性の身体を搾取・消費してきたバレエの制度に対し、ポルノ・サーカス・フリークショー・スタントの猥雑さやキッチュさを総動員して過激なアンチを突きつけるフロレンティナ・ホルツィンガーの『TANZ(タンツ)』。月経の理不尽さや痛みをコントロールするために、相撲の四股を参照した新たな「儀式」を開発する松本奈々子、西本健吾/チーム・チープロの『女人四股ダンス』。本稿では、「女性の身体の表象/不可視化されるもの」「身体の鍛錬・改造」「“痛み”をどう肯定的に取り戻すか」という共通項から、この2作品を取り上げる。
ウィーン出身の気鋭の振付家、フロレンティナ・ホルツィンガーは、KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭2021 SPRINGで映像上映された『Apollon』においても、バレエとフリークショー、ボディビル、マシン・トレーニング、スプラッター、SMプレイ、スカトロを接続させ、全裸の女性パフォーマーによる血みどろの饗宴を通して、「規範的な美」「男性のポルノ的欲望の視線」の拘束からの解放を提示した。『Apollon』というタイトルは、1928年に同名のバレエ作品を振付け、バレエ界に父として君臨するジョージ・バランシンを示唆する。作中で『スター・ウォーズ』のパロディが示すように、「悪役かつ絶対的存在である父(=ダース・ベイダー/バランシン)」を女性たちが倒すというストーリーが、さまざまな身体鍛錬や「逸脱的」な快楽のプレイを通して描かれる。
一方、三部作の最後を飾る『TANZ』が下敷きにするのは、19世紀ヨーロッパのロマンティック・バレエ。儚く美しくこの世のものではない「妖精」を表現するために、トゥシューズを履く苦痛を女性だけに与え、ポワント(爪先立ち)で重力を感じさせない軽やかさを求め、実際に吊り物の使用で「飛翔シーン」が演じられた。ロマンティック・バレエの構成を踏襲し、二部構成の本作では、第一幕で「老いた女性教師が指導するバレエのバーレッスン」が展開する。ただし、女性教師は全裸。「暑いでしょ」と言われた生徒たちも次々と服を脱ぎ、全裸でのバーレッスンが淡々と続く。脱衣の指示にも「型の習得」にも従順に従う生徒たち。「教師による生徒の支配」を通じての、「(バレエのポジションという)規範的身体の獲得」という二重の身体の支配があぶり出される。だがそこに、サーカスの曲芸、マジック、スタント、フリークショーなど「ハイアートの領域外」が召喚され、スペクタクルとしての同質性を暴くと同時に、生徒たちは、トゥシューズとポワントに依存しない「超人的な飛翔能力」を試み始める。お団子に縛った髪で身体を吊るワイヤーアクション。回転する宙吊りのオートバイにまたがり、脚や腕だけで身体を支えるパフォーマーは、「危険なアクションをこなすスタントマン」というジェンダー規範を転倒させつつ、「バイクにまたがり腰を振る美女」というポルノの定番を示し、崇高さもまとう。
生徒たちが魔女やオオカミに姿を変え、血みどろの饗宴と惨劇を繰り広げる第二幕のハイライトは、肩甲骨辺りの肉に巨大な鉤針を貫通させてワイヤーで吊る、衝撃的な「空中浮遊」だ。ただし、女性たちの「勝利のポーズ」で終わる『Apollon』と比べ、ラストは皮肉。狂乱の末、魔女もオオカミも老教師も血糊まみれで死ぬが、何事もなかったかのように再びバーレッスンが開始される。「規範的身体の鍛錬」はそれほどまでに深く内面化されているのだ。
一方、リサーチを元に、レクチャー・パフォーマンスとダンスを融合させる松本奈々子、西本健吾/チーム・チープロの『女人四股ダンス』が扱うのは月経。近年、「生理の貧困」が構造的問題として指摘され、自治体や学校でのナプキンの無料配布や、女性の心身の不調をテクノロジーで解決を目指す「フェムテック」の商品開発が進み、月経についてオープンに語られる機会が増えてきた。だが、「舞台公演と月経」の関係は「ない」ことにされてきたのではないか。本作の出発点は、松本自身が、昨年のKEXでの公演を月経中の身体で踊った体験だ。月経=血の持つエネルギーを想像し、集めたエネルギーで大地を踏みしめ、増幅させる。かつて月経中の女性を隔離した「月経小屋」の目的が「月経で失われる霊的エネルギーの回復」でもあったことと、古来より邪気をはらう「足踏み」の儀式性を融合させた。もちろんここには、「月経」というまだ社会に根強いタブーと、「女性が大相撲の土俵に上がる禁忌」という、2つのタブーが重ねられている。
月経についての知識の問い、松本とゲスト出演者(内田結花)の「月経日記」を交えながら、股を開き、力強く地面を踏みしめる四股のムーブメントがひたすら繰り返される。もう一人の男性出演者(美術家の前田耕平)の参加に加え、2人の「月経日記」の朗読は月経の個人差や時期による症状差を示す。言語化の作業と同時に、「理不尽で共有も困難な痛みをどう想像するか」を徹底して身体化して落とし込んだ。
舞台上で不在化されてきた「月経中の身体」に対し、「女性の身体美の規範化」「制度化された大文字の芸術」の背後で不可視化されてきたものとして『TANZ』が暴くのが、男性のポルノ的な欲望の視線だ。チュチュという覆いを取り去り、開脚や脚を高く上げる全裸のダンサーたちは、「美しい」とされるポジションがポルノと同質であることを突きつける。四つん這いで開脚し、一列に並ぶダンサーたちの「ヴァギナの品評会」を老教師が行なうシーンは、その真骨頂だ。「男性不在」の本作だが、「教室」という舞台設定は、「教師と生徒」というヒエラルキーによる規範の再生産構造を提示する。
そして両作とも、「身体の鍛錬」を通して、ジェンダーの不均衡な構造下でこれまで声を与えられず、「ない」ことにされてきた「理不尽な痛み」にどう向き合い、どう肯定的に自身の手に取り戻すかという強い意志に貫かれている。特に『TANZ』における「肉に貫通させた鉤針で身体を吊る空中浮遊」のシーンが象徴的だ。纏足やコルセットにも通じる、「美」という大義名分に奉仕させられた、トゥシューズで足を痛めつける苦痛。一方的な消費の眼差しで搾取されてきた「痛み」。その両方の痛みを、現実に血を流す肉体の「痛み」でもって自分自身の手に取り戻すこと。「空中浮遊」を支えるワイヤーは、ほかの女性パフォーマーたちの手で支えられている。物理的なリフトも、「男性の視線」にもよらずとも、自分たち自身の力でこんなにも優雅に力強く「翔べる」ことを宣言していた。
公式サイト:https://kyoto-ex.jp
フロレンティナ・ホルツィンガー『TANZ(タンツ)』
会期:2022年10月1日(土)~10月2日(日)
会場:ロームシアター京都 サウスホール(京都府京都市左京区岡崎最勝寺町13-13)
松本奈々子、西本健吾/チーム・チープロ『女人四股ダンス』
会期:2022年10月8日(土)~10月10日(月・祝)
会場:THEATRE E9 KYOTO(京都府京都市南区東九条南河原町9-1)
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フロレンティナ・ホルツィンガー『Apollon』上映会|高嶋慈:artscapeレビュー(2021年04月15日号)
2022/10/10(月)(高嶋慈)