artscapeレビュー
祈り・藤原新也
2022年12月15日号
会期:2022/11/26~2023/01/29
世田谷美術館[東京都]
藤原新也の50年以上にわたる表現者としての歩み、そこに産み落とされてきた写真、書、絵画、そして言葉を一堂に会した大展覧会である。初期作から最新作まで、200点以上の作品が並ぶ会場を行きつ戻りつしながら考えていたのは、この人は果たして写真家なのだろうかということだった。
むろん、木村伊兵衛写真賞や毎日芸術賞など数々の賞を受賞してきた彼の写真家としての実績は、誰にも否定できないだろう。だが一方で、ごく初期から、藤原は言葉を綴って自らの思考や認識を表明し続けてきた。『全東洋街道』(集英社、1981)、『メメント・モリ』(情報センター出版局、1983)など、写真と言葉が一体化し、驚くべき強度で迫ってくる著作は、比類のない高みに達している。だが、『アメリカ』『アメリカン・ルーレット』(どちらも情報センター出版局、1990)あたりからだろうか。どちらかといえば、言葉を綴る人=思想家としての藤原新也のイメージが、増幅していったのではないかと思う。写真家としても精力的に仕事を続けていたが、どこか観念が先行しているように見えていた。
ところが、今回の展示を見て、そうでもないのではないかと思い始めた。会場の最後の部屋に「藤原新也の私的世界」と題されたパートがあり、そこに彼の99歳の父親の臨終の場面を、連続的に撮影した5枚の写真が展示されていた。藤原が、「はい! チーズ!」と声をかけると、死に際の父親は口を開けて微笑みを返したのだという。それらの写真を見ると、藤原はあらかじめ何らかの予断をもって撮影の現場に臨んでいるのではなく、まずはその光景を「見る」ということに徹してシャッターを切っているのがよくわかる。藤原は「カメラを持つ思想家」ではなく、「撮り、そして考える写真家」であることが、厚みのある展示作品から伝わってきた。
公式サイト:hhttps://www.setagayaartmuseum.or.jp/exhibition/special/detail.php?id=sp00211
2022/11/26(日)(飯沢耕太郎)