artscapeレビュー

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『ライカムで待っとく』

2022年12月15日号

会期:2022/11/30~2022/12/04

KAAT神奈川芸術劇場[東京都]

沖縄についての物語、と言われたとき、どのような物語を思い浮かべるだろうか。『ライカムで待っとく』の登場人物のひとりはこう言う。「アメリカに支配されて、差別されて、隷属されて、その怒りや鬱憤が吹き出した末の犯行。必要なのは、そういう物語だよ」。「その方が読者の共感も狙える」し「沖縄の人たちに寄り添った記事になると思わないか」と。

沖縄本土復帰50年となる今年、「忘」をシーズンテーマに掲げたKAAT神奈川芸術劇場のプロデュース作品として、沖縄在住の劇作家・兼島拓也が書き下ろした『ライカムで待っとく』が田中麻衣子の演出で上演された。この作品は1964年、アメリカ占領下で起きた米兵殺傷事件を基に書かれた伊佐千尋によるノンフィクション『逆転』に着想を得たものだという。


[撮影:引地信彦]


雑誌記者の浅野(亀田佳明)は、妻・知華(魏涼子)の祖父の葬儀で沖縄へ向かうため、仕事を切り上げようとしていた。そこに上司の藤井(前田一世)が沖縄出身の伊礼(蔵下穂波)を連れてやって来る。見せられた写真に写る自分そっくりの人物に驚く浅野。それは伊礼の祖父なのだという。伊礼は、祖父の手記に記されていた、かつて沖縄で起きた米兵殺傷事件のことを取材してもらえないかと浅野に依頼する。半ば押し切られるようにして浅野は取材を引き受けるが、その写真には知華の祖父・佐久本寛二(南里双六)も写っていたこと、そして佐久本が米兵殺傷事件の容疑者のひとりだったことがわかり──。


[撮影:引地信彦]


物語は2022年と1964年を行き来し、舞台上では浅野の取材内容を再現するかのようにして過去が立ち上がっていく。あるいはそれは伊礼の祖父の手記に、伊佐の『逆転』に記された過去であるのかもしれず、何より兼島の戯曲に書き込まれた物語であることは間違いない。いずれにせよそこでは記された言葉が先にあり、因果は逆転している。再生産される物語。やがて取材を進める浅野の現在もまた、自らにそっくりだという伊礼の祖父のそれと重なり合うようにしてウロボロスの環のように閉じた因果に、あらかじめ定められた「沖縄の物語」に飲み込まれていく。現在と過去は混じり合い、そして浅野たちはある選択を迫られる。


[撮影:引地信彦]


廃藩置県に沖縄戦。浅野に向けられた「忘れたんですか? あなたが沖縄をこんなふうにしたんですよ」という言葉が示すように、「沖縄の物語」は本土の人間が書いてきたものだ。舞台上ではそうして沖縄に与えられた物語が手際よく展開されていく。なぜだかそこに巻き込まれ戸惑う藤井に沖縄の男が放つ「こういうふうになるよって、なってるから」という言葉は痛烈だ。男は辺野古と思われる場所に座り込む人々に対しても「もうこの後どうなるか決まってるんですけど」「そのうち立ち上がって、どっか行っちゃうと思うので、それまで待っとくしかないですね」と容赦がない。しかしその視線が向けられた先にあるのは辺野古ではなく観客が座る客席なのだ。私もまた「そのうち立ち上がって、どっか行っちゃう」観客のひとりでしかない。


[撮影:引地信彦]


[撮影:引地信彦]


物語の案内人のようにふるまうタクシー運転手(南里)は、沖縄は日本のバックヤードなのだと言う。そういえば、舞台裏から持ち出された箱には核兵器や毒ガスが詰め込まれていたのだった。表舞台が美しく平和であるためには、そんなものはバックヤードに押し込めておかなければならない。バックヤードという言葉はまた、物語を紡ぐことそれ自体の限界を示すものでもあるだろう。言うまでもなく、舞台の上に乗るのは物語として描かれた人々だけだからだ。その背後には無数の描かれなかった人々がいる。回り舞台がいくら回転しようと舞台裏が、そこにいる人々が見えてくることは決してない(美術:原田愛)。

兼島の戯曲は軽やかなユーモアで観客を引き込んでいく。演劇の構造を利用する手つきも巧みだ。だが、その先に待ち受けている物語はあまりに重い。田中の演出と俳優陣(上記に加え小川ゲン、神田青、あめくみちこ)の演技はそれらを舞台上に見事に立ち上げており、特に南里は飄々とユーモアを、悲哀を、怒りを、諦念を演じて素晴らしかった。演劇の上演は戯曲というあらかじめ書かれた言葉によって定められたものだが、舞台上にはそれ以上のものがあるのだ。そこに僅かな希望を見出すことくらいは許されるだろうか。


[撮影:引地信彦]


『ライカムで待っとく』の物語がどのような顛末を迎えるのか、その詳細はここには書かない。この作品はこれからも再演されていくべき作品であり、観客がその客席に居合わせることにこそ大きな意味がある作品だからだ。あるいはせめて戯曲を読むのでもいい(戯曲は雑誌『悲劇喜劇』2023年1月号に掲載)。そうして多くの人が、兼島拓也という沖縄在住の劇作家が書いたこの物語に立ち会うことを願っている。


『ライカムで待っとく』:https://www.kaat.jp/d/raikamu/

2022/11/30(水)(山﨑健太)

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