artscapeレビュー
伊奈英次 作品展「国の鎮め ─ヤスクニ─」
2023年08月01日号
会期:2023/07/04~2023/07/30
JCIIフォトサロン[東京都]
伊奈英次は全国各地の天皇陵を撮影した写真集『Emperor of Japan』(Nazraeli Press)を2008年に、靖国神社に蠢く群像を中心にカメラを向けた『YASUKUNI』(Far East Publishing)を2015年に刊行している。彼自身、長く関心を寄せてきた日本の天皇制のあり方を、「形」と「中身」の両面から問い直す意欲作といえるだろう。今回のJCIIフォトサロンの個展では、後者の拡大版ともいえる写真群58点を展示していた。
東京・九段の靖国神社はかなり特異な空間といえる。「英霊」を祀ったその場所は、右翼、天皇制信奉者、軍装マニアなどの聖地であり、異様な熱気が渦巻いている。伊奈は「靖国戦友会」「昭和天皇崇敬会」「軍装会」といった集団の構成員、あるいは「元自衛官と軍歌歌手」「異議申し立てのパフォーマー」といった奇妙なバイアスがかかった人物たちにカメラを向ける。その視点は全面肯定でも、逆にネガティブな違和感を強く打ち出すものでもない。彼らの滑稽さ、グロテスクさを暴き立てることなく、まずはしっかりと受け止め、絶妙な距離感を保って視線を投げ返している。結果として本作は客観性と主観性とがせめぎ合った、希有な人間=集団ドキュメントとして成立した。
伊奈がこのシリーズを撮影した1993-2005年頃と比較すると、現在では靖国神社側の規制が強まり、旧日本軍兵士や軍装マニアのパレードのような行事も行なわれなくなっているという。その意味では、本作はバブル崩壊後の平成時代という、特定の時期の空気感を色濃く体現したシリーズともいえるだろう。現在ではプライヴァシー保護の問題などもあり、人間=集団ドキュメントそのものが、撮りにくくなってきている。本作のような、現代の「社会的人間」のあり方を、写真を通じて探求する試みをもっと見てみたいのだが。
公式サイト:https://www.jcii-cameramuseum.jp/photosalon/2023/05/22/33356/
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