artscapeレビュー
デイヴィッド・ホックニー展
2023年08月01日号
会期:2023/07/15~2023/11/05
東京都現代美術館[東京都]
出品作品127点。うち東京都現代美術館の所蔵品は91点なので、大半が同館コレクションとなる。お、すげえな、単館のコレクションで「ホックニー展」がほぼ成立するんだと一瞬感心しそうになるが、うち90点はリトグラフやエッチングなどの版画かフォト・コラージュ(2点)で、タブローは1点のみ。版画美術館か? 展覧会全体でも油彩もしくはアクリルのタブローは16点だけで、しかも初期のブリティッシュ・ポップや西海岸の青い空、プール、シャワー、友人たちを描いたいわゆるホックニーらしいタブローはその半分しかない。なーんだがっかり……と思うのは早計だ。確かに昔ながらの「ホックニー展」を期待していた向きには寂しいが、その代わり、21世紀以降に手がけた大作が何点も見られるのは嬉しい限り。なにしろ日本では27年ぶりの大規模な個展なので、これらの近作は初公開となる。
ホックニーがデビューした1960年代初頭は抽象絵画の全盛期。やがてミニマル・アートやコンセプチュアル・アートが台頭してアートシーンが行き詰まるなか、ホックニーはマティスのように明るい色彩の具象絵画を描き続け、大衆的な人気を集める。1980年代に入るとピカソのキュビスムに触発され、写真をたくさん貼り合わせてひとつの画面をつくる「フォト・コラージュ」を開始。ここから遠近法にとらわれない多焦点的な空間表現が広がっていく。いわばマティス的な色彩にピカソ的な造形が加わって、ある意味20世紀最強の画家になっていく。
だがホックニーのすごいのは、21世紀に入ってからも新しいメディアを制作に取り入れる貪欲さだ。1991年には早くもコンピュータ・ドローイングを始め、2010年からiPadで描くようになる。近作の《ノルマンディーの12ヶ月 2020-2021年》は、コロナ禍の1年を通してiPadで描いた風景画をつなぎ合わせ、長さ90メートルという長大な画面に再構成した作品。ここには四季折々の風景や1日の時間の移り変わり、天候の変化などが1枚の画面に次々と展開していき、日本の絵巻物やモネの連作を想起させる。でもタブローではなく紙にプリントだから、印刷物を見てるのと変わらないけどね。
手描きでは、50枚のキャンバスをつなげた《ウォーター近郊の大きな木々またはポスト写真時代の戸外制作》(2007)が圧巻。なにしろ4.6×12メートル以上というホックニー史上最大の超大作なのだ。しかもこれ、屋外でわずか6週間ほどで描き上げたというから驚く。描かれているのは郊外の林で、広角で木立全体を捉えながら枝の1本1本まで描き込んでいる。巨大画面は、いわば木を見て森も見るというミクロとマクロの視点を融合させるために必要だったのだろう。全体のイメージを画面ごとに分割して再構成しなければならないため、制作にはデジタル技術の助けを借りたというが、それにしても70歳にしてこれを1ヶ月半で描き上げるというのがすごい。カタログには、ビールを前にタバコ片手に微笑む満84歳の近影(2021)が載っている。まだまだやらかしてくれそうだ。
公式サイト:https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/hockney/
2023/07/14(金)(村田真)