artscapeレビュー
福住廉のレビュー/プレビュー
石川光陽 写真展
会期:2011/12/07~2011/03/21
旧新橋停車場鉄道歴史展示室[東京都]
警視庁カメラマン・石川光陽の写真展。東京大空襲の惨状を撮影したことで知られているが、今回展示されたのは戦前の東京の街並みを写し出した写真、およそ80点あまり。銀座、浅草、上野、霞ヶ関、高円寺など、今では「昭和モダン」と呼ばれる街並みが、もちろん実際に見たことがあるわけではないにせよ、やたら魅力的に見えて仕方がない。小型のバスやおかっぱ頭の子どもたち、洋装と和装が混在した人びとの装い、そして街の看板に踊る文字の数々。都市と人間を同時にとらえることを念頭に置いて撮影されているのだろうか、街の表情と人のそれが的確に伝わってくる。昭和初期の都市風景が輝いて見えるのは、過ぎ去りし日を貴ぶ憧憬というより、むしろそのように見させてしまうほど現在の都市生活が限界を迎えているからだろう。例えば東京湾の埋立地は東京都から排出されるゴミによって造成されてきたが、もはや東京湾にその容量は残されていないという。しかも東京の電力を支えてきた原子力発電所の甚大な被害に苛まれている昨今、昭和初期の都市構造とライフスタイルは、いまやたんなるノスタルジーの対象にとどまらず、現実的に目指すべきモデルになりつつあるのではないか。石川光陽の写真は、原点回帰のための具体的な視覚的イメージとして活用できると思う。
2011/03/11(金)(福住廉)
デザイン 立花文穂
会期:2011/03/04~2011/03/28
ギンザ・グラフィック・ギャラリー[東京都]
アートディレクター/グラフィックデザイナーの立花文穂の個展。これまでの創作活動を、いわゆる「紙もの」を中心に振り返る構成だ。ベニヤの合板を組み合わせた簡素な陳列台の上には、立花によってデザインされた印刷物の数々が無造作に並べられた。こうした見せ方にすでに示されているように、立花のクリエイションに一貫しているのは、昨今のデジタル・デザインとは真逆の、手のひらと指先を駆使した手作りのデザインだ。紙の質感や匂い、そして文字の物質性。それらを重視したぬくもりのあるデザインを、身体性を失ったデジタル・デザインへのアンチとして位置づけることはたやすい。けれども、むしろ立花のデザインには、こう言ってよければ、「図画工作」的な衝動が走っているように思われる。それは、何かと何かを切り貼りしたり、つなぎ合わせたり、削り取ったり、誰もが経験したことのある、非常に原始的なものづくりの真髄だ。デザインであろうとアートであろうと、この基本的な欲望からかけ離れたクリエイションが人の心を鷲づかみにすることはありえないのではないだろうか。
2011/03/11(金)(福住廉)
AIR 3331
会期:2011/02/25~2011/03/13
3331 Arts Chiyoda[東京都]
国内外からのアーティストとキュレーターがアーツ千代田3331に滞在しながら制作した作品を同会場で発表した展覧会。9人のなかでもとりわけ際立っていたのが、東野哲史。ホワイトキューブのなかに、ここがもともと中学校だったことを彷彿させるインスタレーションを演出した。バケツ、黒板、下駄箱、そして机の上の教科書に隠されたマンガ。それらが縦横無尽に組み合わせられた歪な空間は、私たちの学校に対する捩れた想いと対応しているようだった。否応なしに集団に巻き込みながらも、同時に個人として自立することを迫る矛盾した論理。あるいは、惹かれつつも離れたいという二律背反的な心情。この矛盾に満ちあふれ、しかも強制力を伴った空間が、学校という特殊な制度であり、ここを通過してきたのが、ほかならぬ私たち自身であることを思えば、歪んでいるのはインスタレーションだけではなく、私たちの方なのかもしれない。
2011/03/10(木)(福住廉)
GONZO─ならず者ジャーナリスト、ハンター・S・トンプソンのすべて─
会期:2011/02/19
新宿シネマート[東京都]
「ニュー・ジャーナリズム」のトム・ウルフによって「ゴンゾ・ジャーナリズム」と称されたハンター・S・トンプソンのドキュメンタリー映画。対象との一定の距離を保ち、客観的な報道を心がける正統的なジャーナリズムとは対照的に、トンプソンが成し遂げたのは対象の只中にみずから没入して内側から記述する方法だった。暴走族に参加したり、保安官の選挙に立候補したり、トンプソンの「ジャーナリスト」らしからぬ履歴は、たしかにおもしろい。ただ、トンプソンについてのドキュメンタリー映画であれば、当然そのようなゴンゾの方法を踏襲するのかと思いきや、ドキュメンタリー映画としてはいたって中庸なところが残念といえば残念だ。疾走するバイクに同伴するかのようなスピード感あふれる編集は近頃のドキュメンタリー映画の定番と化しているし、とくに緩急も抑揚も工夫されていないから、逆に愚鈍な印象を覚えてしまう。むしろ注目したのは、トンプソンが攻撃的に批判の矛先を向けた当人たちがインタビューに応えていたこと。これは、このドキュメンタリー映画の成果というより、むしろアメリカの政治家の懐の深さを物語っているが、ひいては「ジャーナリズム」を育む土壌のちがいをも暗示していた。ゴンゾをおもしろがる風土がやせ細っていくと、おそらく世界はますます退屈になってゆくにちがいない。
2011/03/07(月)(福住廉)
酒井抱一 琳派の華
会期:2011/01/22~2011/03/21
畠山記念館[東京都]
江戸琳派の創始者、酒井抱一の生誕250年を記念して同館が所蔵する抱一の作品を公開した展覧会。《十二ヶ月花鳥図》を会期中の全後半に分けて半分ずつ展示したほか、《風神雷神図》《四季花木図屏風》など30点あまりが展示された。日本美術の伝統のひとつが、余白によって空間を構築しながら限界ぎりぎりまで簡略化した線によって対象を再現することにあるとすれば、抱一の絵にはそれがあらわになっている。とりわけ《月波草花図》は、夜月のもとではね上がる白波を、ごく簡素な線だけで巧みに描き出し、冷たい海と空の拡がりを存分に感じさせた。
2011/03/04(金)(福住廉)