artscapeレビュー

SYNKのレビュー/プレビュー

Skyscraper: Art and Architecture Against Gravity

会期:2012/06/30~2012/09/23

シカゴ現代美術館[シカゴ]

シカゴは摩天楼の発祥地として有名だが、本展は超高層ビルや現代建築を題材にした、現代作家の作品を紹介するもの。摩天楼そのものをフレームにおさめた写真や模型があると思えば、9.11テロが発生したとき、その参事を扱った世界各国の新聞が部屋いっぱい展示されていたり、詩や歌(映像)があったり、まるで檻のようにみえる高層ビルに住む人たちを写した写真があったりする。人間が高い建築物を求めるのは経済的問題やテクノロジーのためだけではない。それは芸術家にとって、そして私たちにとって、メッセージやイメージであり、神話であると訴えているように思えた。[金相美]


展示風景


エントランス風景。すべて筆者撮影

2012/08/05(日)(SYNK)

パール──海の宝石

会期:2012/07/28~2012/10/14

兵庫県立美術館[兵庫県]

真珠のジュエリーは、ヨーロッパの美術館では頻繁に展示されるアイテムだが、日本の美術館・博物館で目にする機会はあまりない。それゆえ、西洋の宝飾工芸の愛好者としては、カタール美術館庁が所蔵する真珠のジュエリーを中心に展示する本展に格別の期待があったのだが、充実した内容は期待以上であった。
 展示品も素晴らしいが、ディスプレイ・デザインがじつによく工夫されている。コンクリートとガラスでできた美術館の長い廊下を延々と歩き、展示会場に着くと、突然、サロンのような空間に出迎えられる。赤とグレーを基調とした部屋は照度が落とされ、そこかしこにあるヴィクトリア様式風のキャビネットの内部では真珠のジュエリーが瞬くように煌めく。これらのキャビネットは、アンティーク家具をディスプレイケース用に改造したものだそうだ。さらに、スタイリッシュなソファが置かれており、観客はそこにしばし座って洗練されたラウンジのような空間に浸りたいという気分に駆られる。
 つまりここでは、通常の展覧会のように、ニュートラルな展示ケースに順番に並べられた展示品を見て回ることを強要されないのだ。観客は、展示されているジュエリーに似つかわしい空間の仮初めの住人となり、その空間が呈する文化のひとつとしてジュエリーを享受する。王侯貴族やマリリン・モンロー、エリザベス・テイラーなどが身に付けたジュエリーの豪奢さは、まさにそのような状況で目にすることで初めて伝わるだろう。
6章にわたって真珠の歴史を概観する本展は、教育的な側面も有する。だが、種々の解説はけっして押しつけがましくなく、その提示方法はむしろ芸術的ですらある。壁面モニターが映し出す解説動画や幻想的な真珠貝のモノクロ写真は、まるで邸宅の壁に架かったモダンなアート作品のよう。圧巻は、きらきらとした養殖真珠で一杯となったバケツが多数並ぶインスタレーション・アートのような解説コーナーだ。
 日本とカタールの国交樹立40周年を記念して開催された本展では、セレブが愛用したジュエリーはもとより、天然真珠の産出国であったカタールならではの稀有な天然真珠も見られる。ジュエリー愛好者でなくとも多くの刺激が得られる展覧会だ。[橋本啓子]


左=「スペンサー伯爵夫人のティアラ」ダイヤモンドとアラビア湾産真珠。英国製。1890年頃、カタール美術館庁蔵
右=会場風景 �Christian Creutz

2012/08/04(土)(SYNK)

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西江雅之『異郷──西江雅之の世界』

発行日:2012年4月28日
発行日:2012年4月28日
発行:美術出版社
価格:2,625円(税込)
サイズ:A5判、208頁

「顔を洗わず、歯を磨かず、ふろは年に数回しか入らない……汗をかかない、清潔な特異体質」(『朝日新聞』1984年11月3日、朝刊)、「布団を使わず床に寝る」(同2008年10月2日、夕刊)、「エアコンも炊飯器もない」(『読売新聞』2010年9月6日、朝刊)、「毒がなければなんでも食べられる」(同)、「まるで忍者みたいに速く歩く」(『朝日新聞』2008年10月2日、夕刊)、「クリームあんみつ好き」(『読売新聞』2010年9月6日、朝刊)、「『五十カ国語の読み書きができる』『百二十四カ国語が話せる』」(『アエラ』1998年9月28日)……。数々の伝説とともに語られる異色の文化人類学者・西江雅之(1937-)。『異郷──西江雅之の世界』は、20代のはじめにアフリカを縦断して以来半世紀にわたって世界中を旅してきた西江が撮りためた数万点の写真のなかから100余点の写真と、これまでに書かれてきたいくつかのエッセイとを収録した写真集である。本書の刊行と合わせて、5月には写真展も開催された★1
 被写体となっているのは、西江が旅したアフリカ、アラビア、インド洋海域、カリブ海域、パプアニューギニアなどの人々である。展覧会そして写真集に収録された作品を見て少し不思議に感じたのは、カメラと被写体とのあいだの距離感である。作品を見るまでは、もっともっと被写体に近いところにいるのではないかと思い込んでいた。たとえば西江の友人でもあった作家の阿刀田高は「西江はカメレオンのように置かれた環境に染まる。ふつうの物差しで測れない個性で、帰った時にアフリカ人になったように顔つきまでも変わっていて、しばらくしたらまた日本人の顔に戻りました」と語っている★2。そうした言葉から受ける印象と西江の写真とははずいぶんと異なる。なぜなのか。西江は自身の写真を少年時代に熱中した昆虫採集の方法になぞらえ、影を掬い取るものと記している。「わたしは路上に立ち、求める対象が気に入った場面の中に姿を現すと、シャッターを切る」。「この本に残されている写真は、ある時、ある場所で、わたしの眼前に現れた事物から掬い採った影なのである」★3。こちらから採りに行くのではない。視界に現われるのを待つ。手の届く距離というよりも、採取用の網の届く距離なのだ。旅人でありつつも冷静な観察者であるという複雑な視線と距離感が、その写真のなかに刻まれている。それは旅行者によるスナップでもなく、写真家の作品でもなく、かといって研究者による記録写真ともまた違う独特の表現を生み出している。
 本書にはさまざまな地域、さまざまな時代の人々の写真が入り交じって掲載されている。そして写真にキャプションはない。これも不思議に感じた点である。その理由について西江は、程度の差はあれども世界のどの地域においても同様に人々の生活は急速に変化し、写真に残された世界の大部分はすでに失われてしまっているという点で共通しているからであるという。興味深いのは、西江はこの失われた世界を感傷的に惜しんでいるわけではないという点である。人々の生活が変化するのは当然のことである。「消え去らないでほしいなどとは、わたしは考えない。しかし、永遠に消え去ってしまう前にもう一度、この目にその姿を映してみたい」★4。写された人々の姿は、失われた世界の記録であるとともに、世界を旅し続ける西江雅之の記憶なのである。[新川徳彦]

★1──「異郷──西江雅之写真展」世田谷文化生活情報センター・生活工房ギャラリー/ワークショップ、2012年5月25日(金)~6月17日(日)。
★2──『アエラ』朝日新聞社、1998年9月28日。
★3──『異郷──西江雅之の世界』(美術出版社、2012)、160頁。
★4──門田眠「『異郷──西江雅之の世界』書評──『ハダシの学者』の旅の道程を追体験できる入門書」(STUDIO VOICE、2012)。

2012/07/28(土)(SYNK)

生誕110周年記念:ウォルト・ディズニー展

会期:2012/07/20~2012/08/12

美術館「えき」KYOTO[京都府]

1937年《白雪姫》、1940年《ファンタジア》《ピノキオ》、1941年《ダンボ》、1942年《バンビ》……。数々の作品とそれらが制作された年代を見て感じたのは、「これでは日本が戦争に勝てるわけがない」。第二次世界大戦に向かう時期に、カラーの長編アニメーションをつくるための企画を立て、資金と人を集め、それを実現させる。戦後はアニメーション制作をプロデュースするほか、ディズニー・ランド、ディズニー・ワールドの建設により、人々に夢を売るビジネスを成功させる。ウォルト・ディズニーの才能と、それを受け入れたアメリカの底力とが改めて印象に残った展覧会であった。展示のテーマは夢と希望の実現。ウォルト・ディズニー(1901-1966)の生涯を作品、解説パネル、セル画、文書などの資料、映像によって辿る。夏休みの子ども向け企画かと思ってさほど期待していなかったが、そうではなかった。すべてを一通りみるだけでも2時間近くかかるほど充実した内容で、とくに大学生や若いビジネス・パーソンにオススメする。ディズニーが好きな人も嫌いな人も、ウォルトの人生には学ぶところがたくさんあると思う。ただし、物足りない部分もないわけではない。初期の試行錯誤を除けば、ウォルトの夢はすべて実現され、彼の人生にはなんの困難も挫折もなかったかのように描かれている。また、家族の絆はたびたび強調されているが、弟ウォルトの夢の実現を経営面から支え続けた兄ロイ・ディズニーにはほとんど触れられていない。ウォルトや彼のビジネスの全貌を知るには、他の文献★1によって補う必要があろう。展覧会は以下の会場に巡回する。茨城県天心記念五浦美術館(北茨城市、2012年8月18日~10月8日)、松坂屋美術館(名古屋市、2012年12月15日~2013年1月20日)、パラミタミュージアム(四日市市、2013年2月1日~3月31日)。[新川徳彦]

★1──ボブ・トマス『ウォルト・ディズニー──創造と冒険の生涯』(玉置悦子+能登路雅子訳、講談社、2010)、ボブ・トーマス『ディズニー伝説──天才と賢兄の企業創造物語』(山岡洋一+田中志ほり訳、日経BP社、1998)など。

2012/07/28(土)(SYNK)

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京都工芸繊維大学美術工芸資料館における杉田禾堂の作品展示

会期:2012/07/17~2012/09/07

京都工芸繊維大学美術工芸資料館[京都府]

京都工芸繊維大学はその母体のひとつである京都高等工芸学校創立時(1902)から内外の美術工芸資料を収集しており、現在、その稀有なコレクションは1980年に学内にオープンした美術工芸資料館で保存・展示されている。膨大な所蔵品には知られざる貴重な資料も多数含まれる。2012年9月7日まで展示されている金工家・杉田禾堂の指導による昭和初期の産業工業品もそのひとつだ。
 灰皿や花器、ブックエンド等の展示品は、杉田が大阪府工業奨励館工芸産業奨励部長の職にあった折、彼の指導のもとに製作された試作品である。その一部は、デザイン史家・宮島久雄の調査により、1935年の「近畿聯合輸出向工芸試作品展」および「商工省第3回輸出工芸展覧会」に出品されたものと推察されている。つまり、これらは輸出促進の国策の一環として海外市場向けに試作されたものなのだ。なるほど、和製アール・デコや構成派とも形容できるフォルムに蒔絵等、日本の伝統技法が組み合わされているところは、輸出用としての意図を強く感じさせるだろう。喫煙具が多数を占めるのも欧米市場を意識したためと考えられている。
 最終的に、これらの試作品は実際に生産されることなく試作品の段階で終わったのだが、もし、欧米に輸出されていたら、どのように受容されたのか、想像がふくらむ。また、昭和初期の日本国内においてはこの種の洋風のプロダクトの需要はほとんどなかったが、杉田自身は、「今後は国内にも洋風のものが採り入れられる」と考えていたようだ。それゆえ、これらはたんに欧米人の好みにおもねった品々というよりは、日本の生活デザインの質を高めようとする杉田の気骨に溢れたものとみなすこともできるかもしれない。いずれにせよ、近代化と富国強兵が進む時代の日本にあって、これらの試作品が、現在「プロダクト・デザイン」と称されるものを取り巻いていた当時の状況の一側面を伝えるものであることは確かだ。京都工芸繊維大学美術工芸資料館ではこの常設展示とともに、企画展示として「創造のプロセス 想像力のありか──京都工芸繊維大学教員作品展」を9月7日まで開催中であり、そちらも充実の内容である。[橋本啓子]


左=杉田禾堂の指導による試作品《桐箱喫煙具》(AN.2595)
右=杉田禾堂の指導による試作品《真鍮製花盛器》(AN.2590)

2012/07/21(土)(SYNK)