artscapeレビュー

パール──海の宝石

2012年09月01日号

会期:2012/07/28~2012/10/14

兵庫県立美術館[兵庫県]

真珠のジュエリーは、ヨーロッパの美術館では頻繁に展示されるアイテムだが、日本の美術館・博物館で目にする機会はあまりない。それゆえ、西洋の宝飾工芸の愛好者としては、カタール美術館庁が所蔵する真珠のジュエリーを中心に展示する本展に格別の期待があったのだが、充実した内容は期待以上であった。
 展示品も素晴らしいが、ディスプレイ・デザインがじつによく工夫されている。コンクリートとガラスでできた美術館の長い廊下を延々と歩き、展示会場に着くと、突然、サロンのような空間に出迎えられる。赤とグレーを基調とした部屋は照度が落とされ、そこかしこにあるヴィクトリア様式風のキャビネットの内部では真珠のジュエリーが瞬くように煌めく。これらのキャビネットは、アンティーク家具をディスプレイケース用に改造したものだそうだ。さらに、スタイリッシュなソファが置かれており、観客はそこにしばし座って洗練されたラウンジのような空間に浸りたいという気分に駆られる。
 つまりここでは、通常の展覧会のように、ニュートラルな展示ケースに順番に並べられた展示品を見て回ることを強要されないのだ。観客は、展示されているジュエリーに似つかわしい空間の仮初めの住人となり、その空間が呈する文化のひとつとしてジュエリーを享受する。王侯貴族やマリリン・モンロー、エリザベス・テイラーなどが身に付けたジュエリーの豪奢さは、まさにそのような状況で目にすることで初めて伝わるだろう。
6章にわたって真珠の歴史を概観する本展は、教育的な側面も有する。だが、種々の解説はけっして押しつけがましくなく、その提示方法はむしろ芸術的ですらある。壁面モニターが映し出す解説動画や幻想的な真珠貝のモノクロ写真は、まるで邸宅の壁に架かったモダンなアート作品のよう。圧巻は、きらきらとした養殖真珠で一杯となったバケツが多数並ぶインスタレーション・アートのような解説コーナーだ。
 日本とカタールの国交樹立40周年を記念して開催された本展では、セレブが愛用したジュエリーはもとより、天然真珠の産出国であったカタールならではの稀有な天然真珠も見られる。ジュエリー愛好者でなくとも多くの刺激が得られる展覧会だ。[橋本啓子]


左=「スペンサー伯爵夫人のティアラ」ダイヤモンドとアラビア湾産真珠。英国製。1890年頃、カタール美術館庁蔵
右=会場風景 �Christian Creutz

2012/08/04(土)(SYNK)

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