artscapeレビュー
SYNKのレビュー/プレビュー
天貝義教『応用美術思想導入の歴史──ウィーン博参同より意匠条例制定まで』
近年、明治期のデザインおよび美術に関する諸研究がますます充実してきている。本書は、ヨーロッパから明治初期の日本に導入された「応用美術思想」の展開を論じた大著。「美術を製品に応用する」という思想が、1870年代初頭のウィーン万博参加から80年代末の意匠条例制定までの期間、美術・工芸界においていかに指導的役割をはたしたかについて、綿密な国内外の資料分析に基づき論述されている。「応用美術思想(英:fine arts applied to industry、独:Kunstgewerbe)」の意味するところは、当時に記された「美術を工業に利用する事、即ち実用と佳美を兼ねしむるに在り」。本書は、外来語「デザイン」の語義が日本で定着をみる以前、「美術」が「工芸」との関わりにおいて注目されていた事実だけでなく、「美術」と「工芸」の分化およびその関係性が変化してゆく以後の行方をも提示している。これらの今日的な諸問題を考え合わせて読み進めると、たいへん示唆に富む研究書である。[竹内有子]
2012/01/15(日)(SYNK)
感じる服 考える服──東京ファッションの現在形
会期:2012/01/14~2012/04/01
神戸ファッション美術館[兵庫県]
2011年秋に東京オペラシティアートギャラリーで開催された展覧会の巡回展。建築家・中村竜治による斬新な展示構成が話題となった東京展の模様については、artscape2012年1月15日号の村田真によるレビューを参照されたい。今回の神戸展では東京展で用いられていた仕切りの梁は使われていなかったように思うが、各デザイナーによるインスタレーションは、村田が的確に記したように「『ファッション』から遠ざかって」いくかのような印象をやはり与える。アートのインスタレーションに近い展示が多いためにそう思われるのだが、本展の斬新さはそれ以外の点にも見出されるように思う。
パンフレットによれば、本展のテーマは「ファッションとは何か?」という問いへの回答を10のブランドが各々のアプローチで提示するというものだ。したがって、出品デザイナーたちはこのような根本的な問題に自らを直面させることに加え、それを美術館という場所で表現せねばならないというふたつの要求を突き付けられたはずである。この種の要求は、アートの世界では日常茶飯事だが、ファッションの世界ではそうではない。しかも美術館での展示となると、絵画であれば作品をそのまま展示しても非難されることはないが、服を展示しただけでは「つまらない」と言われがちな不合理の状況がある。ゆえに、今回の展示は良い意味でそうした要求に対するデザイナーたちの葛藤のヴァラエティを呈していた。
アンリアレイジの垂直あるいは水平方向に極端に引き伸ばされた服は、シミュラークル理論に対する強力なペーソスだ。このブランドや、和室の畳や障子をニットやレースでつくり、壁に他者の言葉のやりとりを貼ったケイスケカンダ、無数の裸のマネキンたちが壁の穴から外を覗くリトゥンアフターワーズのフェティッシュな展示は、自らの作品を展示することをなかば犠牲にして、ファッションの思想的側面を強調しようとするものだろう。対照的なのは、h.NAOTOの天井から釣り下がるゴスロリの服、ソマルタの無縫製ニットの服の展示で、どちらも自らの服そのものを堂々と空間に配している。本展はアートとデザインという二元論的な視座において企画されたものではないが、それでも美術館という装置の介在はこの一般論の存在を出品デザイナーたちに強く意識させたのではないか。その結果、各々のデザイナーの展示にはそうした葛藤を乗り越えた清々しさが感じられるのだ。一見アートの展示に近しくみえながら、いずれのブランドの展示も素材やかたち、装飾、思想や文化の表象といったファッションを成立させる多数の要素を炙り出している。そのきわどい両立がファッション展としての妥当性と斬新さを放っていた。[橋本啓子]
2012/01/15(日)(SYNK)
内田繁『戦後日本デザイン史』
日本を代表するインテリア・デザイナーで、桑沢デザイン研究所所長をつとめた、内田繁の最新刊。戦後、日本のデザインが時代とどう向き合ってきたのかを振り返ると同時に、「モノ」から「情報」へと大きな転換期を迎えた、今日のデザインに、ひいては私たちの日常に示唆を与えてくれる。できるだけ多くのジャンルにまたいで記述することや、自分の体験をふまえることを重視したと著者自身が冒頭で述べているように、戦後から2010年までの、日本のグラフィック、インテリア、ファッション、プロダクトデザイン界の出来事を、10年ごとにまとめている。第1章:戦後デザインの出発──50年代、第2章:工業化社会への疑問──60年代、第3章:工業化社会から情報化社会へ──70年代、第4章:デザインの多様性──80年代、第5章:環境の時代に生きるデザイン──90年代~2010年といった構成。たとえば、1960年に日本で初めて開催された国際的なデザイン会議として有名な「世界デザイン会議」で、ハーバード・バイヤーが行なった特別演説など、当時の資料や記録を直接引用する部分があると思えば、戦後の日本のデザインを形作ってきたひとりであるだけに、思想や背景はもちろん、当時を雰囲気までを上手く織り交ぜて、読む人を飽きさせない。よく整理され纏められていて、なお面白い。専門書としても、一般書としても遜色ない一冊である。[金相美]
2012/01/15(日)(SYNK)
チャールズ&レイ・イームズ『コンピュータ・パースペクティブ──計算機創造の軌跡』
スティーブ・ジョブズの訃報はいまだ記憶に新しいが、改めて一度、コンピュータの発達史を図入り資料で振り返ってみるのもいいだろう。本書は、建築家/デザイナーのチャールズ&レイ・イームズのオフィスが企画した、IBMによる同名の展覧会(1968年に起案、71年に実現)を書籍化したもの。イームズ夫妻はIBM社に20年間にわたって参画し、50以上の映画・展覧会・書籍をつくった。本書は1890年代におけるチャールズ・バベッジの「解析機関」にはじまり、1950年前後の巨大な計算機器(UNIVACや米空軍が依頼したSEAC)の登場で終わっている。丹念に集められた膨大な歴史資料と写真の数々に目を瞠らされる。イームズが人々に「科学」をヴィジュアルに見せるにあたっていかに力を注いだかについては、《パワーズ・オブ・テン》など、ショート・フィルムの存在がよく知られていよう。読了後、戦後アメリカのインダストリアル・デザインを育てた土壌とそこで活躍したイームズ夫妻の創造的営為がまず脳裏に浮かび、続いて彼らの「科学と芸術」の融合にかけた情熱のひたむきさに胸打たれた。[竹内有子]
2012/01/09(月)(SYNK)
柳宗悦展──暮らしへの眼差し
会期:2012/01/07~2012/02/29
大阪歴史博物館[大阪府]
独自な審美眼による新しい美の概念と工芸理論を展開した思想家・柳宗悦(1889-1961)は、文芸雑誌『白樺』の創刊に参加し、東京帝国大学哲学科を卒業する頃には、朝鮮陶磁器の堅実で素朴な美に傾倒される。また、無名の職人がつくる民衆の日常品の美しさを見出し、その民衆的工芸の美を称揚する「民芸」という言葉と考えを世に送り出した。1936年には日本民藝館を開設する。本展は、柳宗悦の没後50年と日本民藝館開館75周年を記念するもので、柳が蒐集した陶磁器や工芸品、絵画、関連資料など、370点余を紹介している。出展品のほとんどは日本民藝館の所蔵品で、これほど大量の所蔵品を一度に貸し出しするのは初めてだという。充実でわかりやすい展示となっている。さらに、会場には柳宗悦邸(現日本民藝館の西館)の応接室が再現されている。この応接室の調度品は柳自身が選んだもので、独自な美意識とこだわりが伺えて興味深い。展示の最後には、柳の長男で、長いあいだ日本民藝館の館長を務めた、プロダクトデザイナー・柳宗理(1915-2011)の仕事が紹介されており、親子二代にわたる、手と眼と暮らしへの思いを垣間見ることができる。[金相美]
2012/01/06(金)(SYNK)