2020年01月15日号
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artscapeレビュー

感じる服 考える服──東京ファッションの現在形

2012年02月01日号

会期:2012/01/14~2012/04/01

神戸ファッション美術館[兵庫県]

2011年秋に東京オペラシティアートギャラリーで開催された展覧会の巡回展。建築家・中村竜治による斬新な展示構成が話題となった東京展の模様については、artscape2012年1月15日号の村田真によるレビューを参照されたい。今回の神戸展では東京展で用いられていた仕切りの梁は使われていなかったように思うが、各デザイナーによるインスタレーションは、村田が的確に記したように「『ファッション』から遠ざかって」いくかのような印象をやはり与える。アートのインスタレーションに近い展示が多いためにそう思われるのだが、本展の斬新さはそれ以外の点にも見出されるように思う。
パンフレットによれば、本展のテーマは「ファッションとは何か?」という問いへの回答を10のブランドが各々のアプローチで提示するというものだ。したがって、出品デザイナーたちはこのような根本的な問題に自らを直面させることに加え、それを美術館という場所で表現せねばならないというふたつの要求を突き付けられたはずである。この種の要求は、アートの世界では日常茶飯事だが、ファッションの世界ではそうではない。しかも美術館での展示となると、絵画であれば作品をそのまま展示しても非難されることはないが、服を展示しただけでは「つまらない」と言われがちな不合理の状況がある。ゆえに、今回の展示は良い意味でそうした要求に対するデザイナーたちの葛藤のヴァラエティを呈していた。
 アンリアレイジの垂直あるいは水平方向に極端に引き伸ばされた服は、シミュラークル理論に対する強力なペーソスだ。このブランドや、和室の畳や障子をニットやレースでつくり、壁に他者の言葉のやりとりを貼ったケイスケカンダ、無数の裸のマネキンたちが壁の穴から外を覗くリトゥンアフターワーズのフェティッシュな展示は、自らの作品を展示することをなかば犠牲にして、ファッションの思想的側面を強調しようとするものだろう。対照的なのは、h.NAOTOの天井から釣り下がるゴスロリの服、ソマルタの無縫製ニットの服の展示で、どちらも自らの服そのものを堂々と空間に配している。本展はアートとデザインという二元論的な視座において企画されたものではないが、それでも美術館という装置の介在はこの一般論の存在を出品デザイナーたちに強く意識させたのではないか。その結果、各々のデザイナーの展示にはそうした葛藤を乗り越えた清々しさが感じられるのだ。一見アートの展示に近しくみえながら、いずれのブランドの展示も素材やかたち、装飾、思想や文化の表象といったファッションを成立させる多数の要素を炙り出している。そのきわどい両立がファッション展としての妥当性と斬新さを放っていた。[橋本啓子]


神戸ファッション美術館での展示風景。左=ANREALAGE、右=minä perhonen

2012/01/15(日)(SYNK)

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