artscapeレビュー

『写真集 土門拳の「早稲田1937」』

2009年09月15日号

発行所:講談社

発行日:2009年7月24日

「生誕百年」ということで、土門拳の業績を回顧する出版物、展覧会などが相次いでいる。その大部分は代表作の「ヒロシマ」「筑豊のこどもたち」「古寺巡礼」などが中心で、正直あまり新味はない。だが、この『写真集 土門拳の「早稲田1937」』には意表をつかれた。これまでほとんど取り上げられてこなかったのが不思議なくらいの興味深い内容のシリーズである。
土門は1935年に名取洋之助が主宰する日本工房に入社し、写真家としての本格的な活動を開始する。名取のほとんどサディスト的な厳しい指導ぶりは語りぐさになっていて、土門は暗室でよく悔し涙を流していたという。早稲田大学政治経済学部経済学科の卒業記念アルバム『早稲田1937』は、その土門の最初の個人写真集というべき仕事。日本工房のデザイナー熊田五郎(のちに千佳慕と改名して挿絵画家となる)とのコンビで、素晴らしく完成度の高いアルバムに仕上がっている。入社二年目にして、土門の的確に被写体を把握し、画面におさめていくスナップショットの能力が相当に鍛え上げられていたことがわかる。何よりも、まだ若い兄貴分の土門と学生たちが、信頼の絆に結ばれて撮ったり、撮られたりしている様子がいきいきと伝わってくる。
当時の大学生には、現在では考えられないほどの社会的な地位の高さがあり、彼らも周囲の期待に応えなければならないという誇りと気概をもって学生生活を送っていた。その緊張感と、オフの時間を過ごす彼らのリラックスした表情とが、ほどよいバランスを保って品のいい写真に写しとられている。この中には、すぐ先に迫っていた戦争で命を失った者もいるのではないだろうか。屈託のない若者たちの笑顔を見ながら、そんなことも考えさせられた。

2009/08/08(土)(飯沢耕太郎)

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