artscapeレビュー

加藤耕一『「幽霊屋敷」の文化史』

2009年08月15日号

発行所:講談社

発行日:2009年4月20日

東京大学の鈴木博之研究室出身の若手建築史家である加藤耕一による新書。彼の専門はゴシック建築であるが、本書はゴシックに関する専門書ではなく、「幽霊屋敷(ホーンテッド・マンション)」をめぐる問題を取り扱ったものである。特に中心的に触れられていたのが、東京ディズニーランドのホーンテッド・マンションというアトラクションの仕掛けの分析である。ゴシック研究者が何故ディズニーランド? と意表をつかれるかもしれない。しかし「天井の伸びる部屋」「無限に続く廊下」など、その建築的なトリックについての分析から、「ゴシック」という概念の研究に接続していく。崇高、不気味なもの、ファンタスマゴリー、蝋人形などにキー概念として触れながら、文学、映画、音楽など他ジャンルを横断しつつ、本書は「ゴシック」という概念のさまざまな変容を追っている。「恐怖」や「娯楽」という、通常建築史ではほとんど触れられない概念に触れつつ、新しく「ゴシック」を捉え直そうとしているともいえるだろう。
興味深いのは、建築史の研究者がディズニーランドのアトラクションや19世紀の舞台装置などを本格的に考察しているところで、例えばアトラクションが平面図とともに、また幽霊出現装置が断面図とともに分析される。つまり横断的に知を結びつけているだけではなく、建築的な視点が活かされている。同じように建築的な問題を幅広い視点から捉える建築史家として、五十嵐太郎を挙げることができるだろう。加藤氏は彼の後輩にもあたり、実際、五十嵐氏の活動や方法論に意識的であるという。本書は、今後の加藤氏の建築史家という枠に留まらない、幅広い活動につながっていくのではないだろうか。

2009/07/29(水)(松田達)

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