2019年09月15日号
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artscapeレビュー

2018年04月01日号のレビュー/プレビュー

第41回 五美術大学連合卒業・修了制作展

会期:2018/02/22~2018/03/04

国立新美術館[東京都]

時間がなくて日芸と造形大は見られなかったけど、この2校は人数が少ないので無視するとして(失礼)、今年の感想はなんといってもぼくが見始めて以来の大不況ということだ。武蔵美と女子美はほぼ全滅、多摩美に合格点を挙げられる作品が2、3点あったくらい。1点だけ挙げると、名前はメモし忘れたけど、キャンバスの表裏に地表と地中の様子を描き、両面が見えるように壁に斜めに立て掛けた作品。キャンバス画は本来、木枠が見えないほうが表だが、この木枠には植物のレリーフが施されており、これを額縁と見れば表になり、木枠として見れば裏になる。つまり両面とも表であり、裏でもあるリバーシブル絵画なのだ。木枠と額縁というパレルゴンの相互入れ替えを可能にした発想に脱帽。

2018/03/03(村田真)

太宰府天満宮アートプログラムvol.10 ピエール・ユイグ 「ソトタマシイ」

会期:2017/11/26~2018/5/6

太宰府天満宮[福岡県]

福岡県美でやってる「中村研一展」を見に行くんだけど、それだけじゃもったいないので「近くでなにかやってないかな」と探してみたら、太宰府天満宮の境内でピエール・ユイグが作品を展示しているではないか。太宰府でユイグというミスマッチが楽しみだが、屋外作品なので雨が降り次第公開中止になるという。今朝の福岡の天気予報は降雨の確率50パーセント、朝早くに羽田を発って太宰府に着いたときはどんよりとした曇り空。公開開始の11時に駆けつけたのでなんとか見られたが、昼すぎから降り始めたため公開中止になったとさ。危なかった。この太宰府天満宮アートプログラムという企画、2006年に始まって今年で10回目。なぜ太宰府で現代美術かというと、神社は文化の守り手であり、歴史と未来が出会う「広場」であるべきと考えるからだ。なるほど、日本には10万を超す神社があるそうだから、そのすべてが同じ考えをもってくれたら世界屈指のパトロンになるのにね。「ジンジャート」なんてね。

ユイグの作品は思ったより大がかりなインスタレーション。天満宮の奥にある小高い山のてっぺんを整地し、四角い池を掘って睡蓮を浮かべ、金魚を放ち、アメリカでモダンアートを学んだ戸張孤雁の彫刻《淵》を置き、その頭部に蜂の巣をのせ、蜂が授粉する梅や橙の木を植えている。彫刻に付着した蜂の巣はドクメンタ13にも岡山芸術交流にも出ていたユイグの専売特許だが、睡蓮はいうまでもなくモネのジヴェルニーの庭を、梅は菅原道真を追いかけて飛んできたという飛梅を連想させる。古今東西の文化をツギハギした空間になっているのだ。いやーおもしろい。境内は人があふれているのに(韓国人と中国人が多い)、ここまで入ってくる人はほとんどいないので静かに作品と向き合える。奥の目立たない場所に大きな立方体の箱が置いてあって、最初これも作品かと思ったが、どうやら夜間および雨が降ったときに彫刻をしまう収容ケースらしい。裏方も大変だ。

境内美術館

太宰府天満宮アートプログラムにはこれまで日比野克彦や小沢剛らが参加してきたが、そのうちライアン・ガンダーとサイモン・フジワラの2人の作品7点が境内のあっちこっちに残されているので見て歩いた。池に囲まれているという想定で(実際は砂利が敷きつめられている)浮殿と呼ばれる社の内部をのぞくと、ライアン・ガンダーの《本当にキラキラするけれど何の意味もないもの》が鎮座している。これは金属部品に覆われた球体状のオブジェで、中心にある磁石の力によって引き寄せられているそうだ。このように中心にあるけど見えないものに引き寄せられる現象は、神を信じて集まるわれわれと似ていないかと問うているのだ。同じ作者の《すべてわかったⅥ》は、芝生に置かれた大きな岩の上部に人が座った跡が残っているもの。ロダンの彫刻《考える人》が考えに考え抜いて「すべてわかった」後に立ち去ったという設定だ。

宝物殿の前に放置された白い椅子は、サイモン・フジワラの《歴史について考える》という作品。なんでこんなところにチープな椅子を置くのか理解に苦しむが、実はこれブロンズ製だという。椅子は見かけによらないものだ。幼稚園の向かいの池のほとりに据えられた《時間について考える》という作品は、岩の表面に幼稚園児の手をのせてスプレーで吹きつけ、手形を残したもの。これは先史時代の手形(ネガティブ・ハンド)をわれわれ現代人が見るように、1万年後の人類が不思議な思いでながめるかもしれない。なんでこんなところに手形を残したんだろう? と。まさかワークショップの賜物とは思うまい。いやあ作品探しも含めて、ナゾ解きの楽しみを味わうことができました。

2018/03/03(村田真)

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没後50年 中村研一展

会期:2018/02/03~2018/03/11

福岡県立美術館 [福岡県]

太宰府から西鉄でシュッと戻って福岡県美へ。中村研一(1895-1967)というと、戦争画を描いた画家という以外なにも知らなかった。たとえば東京国立近代美術館にある戦争記録画のデータを見ると、153点のうち9点が中村の作品で、藤田嗣治の14点に次いで2番目に多い。なかでもマレー半島上陸作戦を描いた《コタ・バル》は朝日文化賞を受賞しており、戦争画のスターのひとりだったといえる。そのわりに、同じく戦争画の花形だった小磯良平や宮本三郎のように、戦後の活躍が華々しいわけではない。年齢からすると、ちょうど脂の乗り切った40代に戦争の時代を迎えるわけで、画業は学生時代を別にすれば戦前が約15年、戦中が約10年、戦後が約20年となる。ぼくが知りたかったのは、彼の戦前・戦中・戦後の画業のつながりだ。戦争画に手を染めた画家の多くは戦前と戦中、戦中と戦後の2度にわたって画業の断絶が認められるが、その断絶(と連続性)の程度を知りたかったのだ。

展覧会も大きく分ければこの3つの時代に沿って構成されている。戦前は帝展を舞台に《弟妹集う》や《瀬戸内海》などの大作を発表、華々しく活躍していた。戦災で多くの作品が失われたことを差し引いても、戦前すでにモダンな群像表現のスタイルを確立していたことがわかる。だが群像の大作を描けることが、戦争画制作に巻き込まれていく要因となったに違いない。《コタ・バル》に見る兵士たちの戦闘シーンは、戦前とは空気感こそまったく異なるものの、リアルな群像表現が生かされたものだ。一方、米軍機が撃墜される瞬間を捉えた《北九州上空野辺軍曹機の体当りB29二機を撃墜す》は、主題の激烈さとは裏腹のまるでモネを思わせる明るい色彩と軽快なタッチで表現されていて、これは逆に戦争画だからこそ許された実験的な表現ではなかったか。同展にはもう1点、戦争画の大作として《マレー沖海戦》が出ているが、これはイギリスの戦艦を攻撃する戦闘機を俯瞰構図で描いたもの。これほどわかりやすい戦争画もないが、それだけに勧善懲悪の安っぽいイラストにも見えてしまい、(俯瞰的視点を除いて)中村らしさは感じられない。

そして戦後になると、戦争画を描いたことがウソのように、いや戦争画を描いてしまったからこそそこから逃れるように、妻の肖像や身近な風景など穏やかな日常的モチーフに浸っていく。サイズも大作はすっかり影をひそめて小品が多くなり、陶芸にも手を染める。まるで余生を楽しむかのようだ。年数でいえば戦後がいちばん長いのに、出品点数でいえば(挿絵や陶芸を除くと)戦後がいちばん少ない。展覧会を見る限り、画業のピークは戦前・戦中にあり、戦後はオマケにすぎなかったとの印象は否めない。中村は《コタ・バル》をはじめとする戦争画ですべてを出し尽くしてしまったのか、それとも戦争に協力したという自責の念が亡くなるまで彼を圧し続けたのだろうか。

余談だが、帰りにカタログを買ったら、1972年に開かれた「中村研一遺作展」のカタログも付けてくれた。きっと大量に余っていたんだろう。これを開くと、いわゆる戦争記録画は後に中村の個人美術館である小金井市はけの森美術館が所蔵する《シンガポールへの道》1点しか出ておらず、解説も戦争画についてはほとんど触れられていなかった。153点の戦争記録画が永久貸与のかたちで返還されたのはその2年前で、まだ公開されていない時代だった。中村が現在の戦争画再評価を知ったらどう思うだろう。

講演会「官展洋画の寵児・中村研一 戦前から戦後への断絶と継承」(2018/3/3 福岡県立美術館視聴覚室)

展覧会の会期中3回の講演会が組まれ、本当は1回目の菊畑茂久馬の「絵描きが語る中村研一と戦争画」を聞きたかったけど、スケジュールが合わず断念。でも今日のテーマ「戦前から戦後への断絶と継承」はいちばん興味あるところだし、講師の高山百合氏が同展を企画した学芸員であるのも幸いだった。はしょっていえば、高山氏は中村の戦前と戦後の画業は断絶しているより一貫しているとの見方。高山氏は中村の作品の特徴として、反復、俯瞰、トリミング、V字構図、赤と黒の組み合わせ、ストライプなどを挙げ、戦前・戦中・戦後のいずれの時代にもこれらの特徴が見られるという。なるほど、画像を見ながらの比較分析は説得力がある。

そしていちばんうなったのが、敗戦直後に描かれた東南アジアの民族衣装をまとう妻の肖像画についてだ。アジアの衣装を着けた女性像は戦前からしばしば描かれ、ひとつのジャンルとして確立していたほどだが、それは「アジアはひとつ」という大東亜共栄圏の思想をソフトに表わしたもので、本質的には戦争画と同じ意味合いをもつ。したがって戦争画と同じく戦後はだれも描かなくなった主題なのだ。ところが中村は戦中だけでなく敗戦後もこれを描いていた。展覧会では「戦中から戦後へ──民俗服をまとう女性たち」という独立した章として扱われていて、1946、47年に描かれた《マラヤの装い》と《サイゴンの夢》の2点が出ている。高山氏はこれを、中村の戦中と戦後を断絶させることなくつなげようとする継続の意思表示と見る。画家の大半が主題を右から左へ転換させるなか、中村がひとり変わらず戦前からの主題を描き続けたのは、画家の矜持ゆえか。ただそうはいってもそれは敗戦直後のエピソードであって、その後はね。

2018/03/03(村田真)

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ウンゲツィーファ『転職生』

会期:2018/02/28~2018/03/04

王子スタジオ1[東京都]

ウンゲツィーファという言葉はカフカ『変身』に由来する。「毒虫」と訳されることが多いが、本来は「害をなす小さな生き物」という程度の意味らしい。

本作はある会社が舞台の群像劇。人間関係の面倒臭さ、登場人物たちの漠然とした不安や苛立ちが台風の訪れとともにゆっくりと重みを増していく。中途採用で今日が初出社のシナトは空気を読まず、社内の空気をますますおかしくする。台風で帰れなくなった彼らは社内で飲み会を開くが、社員のタカニシがバイトのヨアラシのパソコンを勝手にいじり、彼が書いていた脚本のデータを消してしまったことで二人は衝突。その場の何人かも自らの鬱憤を噴出させる。すると突然シナトが歌い出し、なんだかよくわからないままにその場は終わっていく。

空間の使い方が効いている。通常は稽古に使われるスタジオをそのまま会社の空間に転じ、外を走る車の音がゴウゴウという風の音に聞こえる。休憩所、喫煙所、事務所と並ぶ横長の舞台はリアリズムに基づいているように見えるが、三つの空間は実際には隣り合ってはいないようだ。観客からは同じ空間にいるように見える俳優たちは、しばしば互いが見えていないかのように振る舞う。彼らはひとつの世界で、それぞれに異なるモノを見て生きている。

作品は翌朝、社内ですれ違うヨアラシとタカニシがぶっきらぼうに挨拶を交わす瞬間で終わる。許容。羞恥。謝罪。諦念。無関心。おそらくどれでもあってどれでもない。わかりあわないままでともにある二人にグッと来る一方で、そうするしかないことに苛立ちを感じて引き裂かれる。何事からも自由であるように見えるシナトですら、「あの! 月曜日も来ますよね」という問いかけに一度は黙ってから「あ、はい、よろしくお願いします」と答える。それは共生への微かな希望なのだろう。だがその背後に、そうあるしかないことへの虚無にも似た絶望が透けて見えるのは気のせいだろうか。

公式サイト:https://ameblo.jp/kuritoz/

2018/03/03(山﨑健太)

かもめマシーン『しあわせな日々』

会期:2018/03/01~2018/03/04

慶應義塾大学三田キャンパス 旧ノグチルーム[東京都]

腰まで砂に埋まった女・ウィニーがひたすらしゃべる。二幕になると女は首まで埋まっていて、やはりひたすらにしゃべる。時おり砂山の向こうから夫・ウィリーが姿を見せる。サミュエル・ベケットの戯曲『しあわせな日々』はそんな作品だ。タイトルは「されどしあわせな日々」の意だろうか。我が身の状況を知りながらも意に介さない女への皮肉だろうか。

今回の萩原雄太の演出では女(清水穂奈美)の埋まる砂山は鉄の殻を貼り合わせたような造形で(美術:横居克則)、そのビジュアルは高橋しん『最終兵器彼女』や大友克洋『AKIRA』、あるいは映画『マトリックス』を思い起こさせる。ここにある「しあわせ」は幻想に過ぎないと示唆するように。

[撮影:荻原楽太郎]

会場となった旧ノグチルームからは東京のビル群が見渡せる。私が観た回はちょうど夕刻で、ビルの向こうに日が沈むなか、開演を告げるベルが鳴った。それは一日の始まりの合図でもある。女が目を覚まし、一幕が始まる。夕日はまるで朝日のように女を照らすが、それはもちろん錯覚でしかない。時々刻々と日は翳りゆき、夜の訪れとともに一幕が、彼女の一日が終わる。だが、二幕になれば再びベルが鳴り、新しい一日が始まる。外には夜が広がっているにもかかわらず。すると夜を拒絶するかのように部屋の周囲に白い薄幕が降り、窓の外、現実の風景を覆い隠してしまう。

ウィニーの生きる世界に飲まれた観客の姿はウィリーに似ている。砂山=鉄の殻に潜り込み、ウィニーが宿す胎児のように眠るウィリーと、白い薄幕に包まれ現実から隔てられた観客。彼らを包む幻想は果たして安全を保障するだろうか。

あるいは、ウィリーこそがウィニーの孕む幻想そのものなのかもしれない。ならば、結末において外部から現れ手を差し伸べるウィリーの姿もまた都合のよい幻にすぎない。自らのつくり出した幻想に埋もれ、朽ちてゆく自身に見て見ぬふりをする女。窓の外にはDHCの広告が煌々と輝いていた。

[撮影:荻原楽太郎]

公式サイト:http://www.kamomemachine.com/

2018/03/04(山﨑健太)

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