2022年12月01日号
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artscapeレビュー

2018年09月15日号のレビュー/プレビュー

渡辺眸「東大全共闘1968-1969 続 封鎖の内側」

会期:2018/07/13~2018/08/04

nap gallery[東京都]

渡辺眸が全共闘の学生によって封鎖されていた東京大学安田講堂のバリケード内で撮影した写真集『東大全共闘1968-1969』(新潮社、2007)が、角川ソフィア文庫から未発表作品も含めて復刊された。今回のnap galleryでの個展はその出版に合わせてのもので、これまでの同テーマの展覧会では最多の、40点以上が出品されていた。

あらためて渡辺の写真を見直して、この「東大全共闘」のシリーズは、むろんあの激動の時代の貴重な記録として重要だが、それ以上に彼女の独特の眼差しの質を体現した写真群であると感じた。写真のなかには、渡辺の友人の夫だった元・東大全共闘代表の山本義隆をはじめとして、闘争中の学生たちの姿が数多く写り込んでいる。だが、むしろ目につくのは、彼らの周辺に散乱し、増殖していくモノたちの様相である。謄写版、ヘルメット、旗、壁や床を引き剥がした瓦礫、バリケードの材料として使用された机や椅子──渡辺はそれらのモノたちの感触を確かめるように、ゆっくりと視線を移動させ、そのたたずまいを丁寧に写しとっていく。結果として、東大全共闘がもくろんでいたのが、政治体制だけではなくモノや風景の秩序に対する叛乱でもあったことが、写真から確実に伝わってきた。

渡辺のそのユニークな視点を可能としたのは、彼女が観念的にではなく、あくまでも身体的、生理的な反応としてシャッターを切っていたからだろう。一見、非日常的に思えるバリケードのなかにも、多様で豊かな日常の光景が広がっていたことを、渡辺の写真を見ながら追体験することができた。

2018/08/03(金)(飯沢耕太郎)

映画『スカイスクレーパー』試写会

会期:2018/09/21

[全国]

試写会場にて、ローソン・マーシャル・サーバー監督の映画『スカイスクレイパー』を鑑賞する。香港の海辺にたつ高さ1kmの超高層ビルが舞台であり、ひと言で表現するならば、ビル火災映画の古典『タワーリング・インフェルノ』+ビルを舞台に格闘する『ダイ・ハード』という感想だったが、じつは脚本の制作者もまさにそれを狙っていたらしい。ほかにも既存の映画をあげると、ドバイの《ブルジュ・ハリファ》が登場する『ミッション・インポッシブル ゴースト・プロトコル』や、主演のドウェイン・ジョンソンがやはり家族を救出するために地震の現場で奮闘した『カリフォルニア・ダウン』が想起されるだろう。もっとも、『タワーリング・インフェルノ』のような群像劇にすると、3時間超えの作品なることを避け、オープン前の火災という設定にすることで、最上階にいる金持ちの施主と家族と悪役しかビルにいないシンプルな物語とし、全体を100分程度でおさめている。

さて、「ザ・パール」と命名された超高層は、いかにも中国圏なら登場しそうなアイコン建築のデザインだった。すなわち、垂直になった竜が口を開けて、最頂部で玉を咥えているような造形なのである。最上階の派手な階段も、ありそうなデザインだ。場所は九龍サイドのフェリーターミナル付近だろうか。もっと内陸側ならともかく、ここにオフィスビルではなく、上部がタワーマンションになった超高層ならば(低層はショッピングモールなど)、相当にゴージャスなものになるはずだ。全体は240階建て、途中の吹き抜けには公園や風力発電の施設などがある。中国や中近東ならば、本当につくりそうだが、逆に現在の日本だと、あからさまなアイコン的な造形のビルは忌避されるだろう。もし建てるならば、外観はあえて凡庸にして、内部を豪華にするのではないか。なお、映画の冒頭は、主人公がいまの仕事に転職するきっかけを説明しているが、明らかにあとで同じ状況が反復されることが簡単に予想できるシーンで、もう少し予想を裏切るような展開が欲しかった。

2018/08/08(水)(五十嵐太郎)

加藤俊樹「失語症」

会期:2018/08/04~2018/08/31

公益財団法人日産厚生会 玉川病院[東京都]

1965年、岐阜県生まれの加藤俊樹は、写真雑誌の編集の仕事を経て2008年からカメラメーカーに勤務していた。ところが2012年に急性の脳出血を発症し、以後長く療養生活を送るようになる。失語症のために「自分の名前も言えず、平仮名も読めなく」なったのだという。その後、週2回の通院とリハビリによって症状は回復し、2014年5月には復職することができた。今回、通院先だった玉川病院内のレストランの外壁を使って展示された写真群は、そのリハビリの期間中に撮影されたものである。

写真に写っているのは、ソファ、鏡、窓、植物など、自宅や病院の行き帰りに目にしたものがほとんどである。花火や自分の手を写した写真もある。まず目につくのは、光に対する鋭敏な反応だろう。まさに光を物質として捉え、撫でたり触ったりするようなあり方を見ると、加藤が写真を撮るという行為の「原点」を、もう一度辿り直しているのではないかと思えてくる。よく知られている例でいえば、急性アルコール中毒による記憶喪失から復帰した中平卓馬と共通する写真への取り組みといえる。加藤は写真雑誌の編集長を務めていたほどだから、写真の「撮り方」はよく知っていたはずだ。だが、失語症によってそのようなルールが一切無化された状況下で、もう一度ゼロから写真行為を組み上げていこうとするもがきが、このシリーズに異様なほどの緊迫感、みずみずしい生命力の漲りをもたらしている。

写真展のコメントとして、以下のように記されていた。「心は言葉か? 心は絵か? 心は脳CTか? 心は写真か?」。たしかに、さまざまな問いかけを呼び起こす写真群である。すでにPLACE Mで一度展示されているシリーズではあるが、もうひと回り規模を拡大して、多くの観客に見てもらう機会を持ちたい。写真集の刊行もぜひ考えてほしいものだ。

2018/08/10(金)(飯沢耕太郎)

中村紋子「光/Daylight」

会期:2018/08/10~2018/08/26

Bギャラリー[東京都]

中村紋子のBギャラリーでの個展は4年ぶり4回目になる。2008年以来、絵画作品と写真作品をコンスタントに発表してきたが、東日本大震災後の2011年5月に自らの死生観に向き合った「Silence」を発表して以来、写真の表現からはやや距離を置き、被災地での活動や知的障がい者との関わりなどに力を入れてきた。ひさびさの写真作品の発表となった今回の個展では、新作の「Daylight」のシリーズを中心に展示していた。

「Daylight」は「Silence」「Birth」に続く「3部作」の締めくくりにあたるシリーズで、障がい者や新生児を含むポートレートと、「場所」の写真がセットになるように並んでいた。中村はそれぞれの人物を照らし出す光のあり方を注意深く観察しながらシャッターを切っており、「この人はこのように在るべきだ」という確信が、以前にも増して強まっているように感じる。独りよがりな解釈ではなく、被写体の存在のありようをストレートに受け入れることができるようになったことで、表現に安定感が備わった。17歳の頃から構想していたという「3部作」は、これでひとつの区切りを迎えるということになる。

会場の最後のパートには、ひと回り大きめにプリントされた写真が5枚ほど壁に直貼りしてあった。それらがいま進行中の新たなシリーズ、「光」の一部なのだという。「光」がどんなふうに展開していくのかは、まだ明確には見えていないが、都市のイルミネーションやデモ隊の写真など、これまでとは違った「客観的」「物質的」な感触の写真が含まれている。どちらかといえば内向きだった中村の写真の世界が、外に大きく開いていきそうな予感がする。次作の発表は意外に早い時期になりそうだ。なお、展覧会にあわせて写真集『Daylight』(Bギャラリー)が刊行された。

2018/08/11(土)(飯沢耕太郎)

ジャポニズム2018 響きあう魂

会期:2018/07/13~2019/08/21

ルーブル美術館、ロスチャイルド館[フランス、パリ]

現在、パリでは「ジャポニスム2018 響きあう魂」と題して、日本を紹介するさまざまなアートイベントが行なわれているが、おそらくもっとも目立つのは、7月にルーブル美術館のガラスのピラミッドに設置された名和晃平の新作《Throne》だろう。地上レベルからも見える中心の高い場所に金色に輝く玉座が鎮座し、I.M.ペイによる建築空間、あるいはガラスを介して見えるまわりの古典主義の建築群と張りあう存在感を示した大作である。実際、王政のシンボルだった旧宮殿やピラミッドといった権力の歴史に触発されており、今度は人工知能が支配者として君臨する予感を表現した彫刻だという。ちなみに、名和の作品はある程度の抽象性をもっているので、《サン・チャイルド》のような炎上は起きにくいかもしれない。なお、ガラスのピラミッドにおいて、こうした空間インスタレーションを行なうのは最初ではないが(アジア人として名和は初)、半年間設置される予定だ。

その後に訪れたリヨンでも妖怪をテーマにしたジャポニスムの展示が開催されていたが、パリではもうひとつロスチャイルド館で、「深みへ─日本の美意識を求めて─」展を見ることができた。歴史建築の床を使う李禹煥や大巻伸嗣の空間インスタレーションが印象的だった。一方で伊勢神宮の模型はかなり唐突に置かれていたり、工芸の部屋があまりに明る過ぎるのには違和感をおぼえた。名和はここでもアンリアレイジとのコラボレーションを行なったほか、あいちトリエンナーレで初披露した《Foam》が地下の大空間で展示されていた。ただし、展示の方法はだいぶ変えており、真っ暗ではなく、むしろ色のある照明を使い、泡の世界に包まれるというよりは、まわりから眺めるオブジェになっていた。またおそらく泡の動きも制御しており、あいちに比べて、ほとんど動かず、静止した状態に近い彫刻だった。それにしても、新作の《Throne》と大作の《Foam》をほぼ同時期にパリで設置できるとは、名和晃平が主宰するSANDWICHの底力に感心させられる。

名和晃平《Throne》


ロスチャイルド館


「深みへ」展、李禹煥(左)、大巻伸嗣(右)


「深みへ」展、名和晃平《Foam》


2018/08/13(月)(五十嵐太郎)

2018年09月15日号の
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